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〈8〉攻防

 薬を飲ませれば落ち着くとのことである。

 しかし、その時、虚ろな目をしたエーベルが指をスッとこちらに向けた。指先が、光る。


「――ハガル・ペオース・ラーグ・シゲル・ティール」


 赤く光る指先に描かれた魔法陣が出現する。敵でもない人に向けて攻撃的な魔術を発動するとは、いくらなんでも普段のエーベルならやらないだろう。ディルク先生が言うように、手加減を知らない。

 アーディはとっさに、逃げるか魔術で対抗するかを思案した。けれど、それよりも先に、ディルク先生の落ち着いた声が零れる。


「――ニイド・ギューフ・エオロー・ベオーク・マン」


 穏やかな声音ではあるけれど、素早く光る指先で魔法陣を描き出す。

 エーベルの魔術が完成し、発動するそのタイミングでディルク先生は自分の魔術を完成させた。エーベルは妖精の羽根の色に似た輝くつむじ風を起こしたけれど、そのつむじ風を両側から押しつぶすような風圧がかかる。目に見えにくいけれど、魔力の塊が確かにある。あれがディルク先生の魔術なのだろう。エーベルのつむじ風は見る見るうちに解けて消えた。最後にキラキラと光の粒が舞う。

 ふわりと柔らかな風が残り、アーディやカティ先生がほっと息をついたのも束の間であった。


「――イス・ラーグ・ラド・ユル・シゲル・ソーン」


 エーベルは立て続けに指先で魔法陣を描く。風が消されたこともあまり気に留めているふうではない。ただひたすらに魔術を放つ。

 今度は魔法陣からパリ、パリ、と嫌な音がした。薄紫の光が細く伸びる。風が消されたので雷撃に切り替えたらしい。


「おいコラ! エーベル! いい加減に――っ」


 叫びかけてアーディはゲホゲホと咳をした。まだ自分も本調子ではない。それを今、思い出した。

 そんなアーディの方を振り向かず、ディルク先生は声を飛ばす。


「バーゼルト君、ここはいいから早く部屋に戻って!」


 しかし、声を発したディルク先生の方に雷が伸びた。危ない、とアーディが叫ぶ間もなく、ディルク先生は先ほど描いた魔法陣にいくつか書き足して、瞬時にガラスに似た防護壁を築き上げる。

 性格は残念だが、エーベルには魔術の才能がある。そのエーベルが無意識に放つ魔術は、正直なところ並の大人では防ぎきれるかどうかわからない代物だ。それらを的確に捌くディルク先生の凄さを垣間見た。アーディやエーベルの担任にされるわけだ。


 普段はのんびりしているけれど、いざという時はすごい。

 その攻防はハイレベルなものであった。ただし、あれではエーベルに近づけない。どうやって薬を飲ませればいいのだろうか。

 ディルク先生もどこか疲れたように言った。


「これはどっちが先にバテるか、根競べかなぁ。いやいや、先生が先にバテちゃ駄目だから、頑張るけど」


 ここはディルク先生頼みである。アーディも今の状態で防げる気がしない。いや、元気であったとしても残念ながら防げる気はしないのだけれど。


「もう少し疲れさせないと近づけませんね。ディルク先生頑張って!」


 カティ先生も薬の入った瓶を握り締めた手を振り上げつつ応援している。

 今のエーベルはそんな周囲の会話など何も耳に入っていないように見えたけれど、ただ単に外野が騒がしいとだけ感じたのか、チラリとカティ先生の方に目を向けた。けれど、またディルク先生に向き直り、魔法陣を描く。


 息切れした様子もなく、淡々としたものだった。またしても薄紫の雷がパリパリ、とエーベルの魔法陣を通して出現する。ディルク先生が先ほどと同じように防護壁を作り、エーベルの雷の衝撃を吸収する。熱した鉄板を水につけたような音がして、雷は防がれた。

 そこまでは先ほどと同じであった。


 けれど、今回の雷は先ほどよりも強かった。完全に消えるでもなく、割れて周囲に飛び散ったのだ。雷の破片は四方へ。

 ディルクの後方にいたアーディとピペルは完全に護られていたけれど、階段の手前にいたカティ先生は違う。


「うはぁっ!」


 変な声を出していた。それもそのはずで、雷の破片がカティ先生のサイズの合っていない白衣を貫通したのである。カティ先生までもを貫通しなかったのが不幸中の幸いである。

 ただし、カティ先生が手にしていた薬瓶は、驚いた拍子にすっ飛んで、階段の隙間から落ちて行ったのだけれど。多分、一階まで落ちた。瓶だから割れたかもしれない。


「カティ先生、大丈夫ですかっ?」


 ディルク先生がエーベルを気にしつつ声をかける。カティ先生はその場にへたり込んだ。


「腰が抜けました!」


 声だけ無駄に元気だけれど、そういうことらしい。いや、ここはカティ先生が悪いわけではない。


「薬、落としましたよね?」


 アーディが突っ込むと、カティ先生はヒィッと声を上げた。


「お、おと、おとと落としましたぁ!」

「予備は?」

「ないです!」

「瓶、割れてませんか?」

「ドラゴンが踏んでも割れない小瓶というキャッチコピーに惹かれて購入した瓶ですから、割れてないと思います!」


 果たして、そんな瓶があるのだろうか。いや、細かいことはもういい。

 エーベルの相手で忙しいディルク先生と、腰を抜かしたカティ先生、目を回したピペル――

 それはアーディが拾ってくるしかないというヤツである。

  

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