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〈11〉贈り物

 学園に戻って早々、皆が森での汚れを落とし制服に着替えている時間、先にディルク先生に連れていかれたのはエーベルの方だった。アーディは急いでシャワーを浴び、着替えを済ませて寮の部屋で待機していた。


 そのアーディを呼びにディルク先生がやってきた。ドアがノックされ、呼ばれてアーディは扉を開いた。そこには困った顔をしたディルク先生がいた。


「はい、バーゼルト君の番だよ」


 どこで誰が聞いているとも限らないので、学園長室以外でディルク先生がアーディに丁寧な口調で話しかけることはない。


「わかりました……」


 ため息交じりに答え、連行されていく囚人のような心境でアーディは学園長室へと向かった。


 学園長室にエーベルの姿はなかった。今頃は着替えているのかもしれない。

 いつものごとく机に肘を乗せて皺深く微笑む学園長に、アーディは先に謝った。


「先生の言いつけを守れず、申し訳ありませんでした」


 頭を下げることも、王族としてではない一個人としてのこと。規則を守れなかったのは自分なのだから。そんな様子を、ディルク先生は入り口に立って無言で眺めている。

 すると、学園長は軽やかに笑った。


「シュレーゲル君は自分が先に行ったと言っていましたよ。事実そうなのでしょう。けれど、毎回こう引っ張られていてはいけませんねぇ」


 そう言いながらも楽しげなのは何故だろう。アーディの方が複雑である。


「もう、しません」


 学園長はこくりとうなずいた。


「そうですね、そうしてください」


 アーディはがっくりと項垂れつつ、ふと学園長に訊ねた。


「そういえば、あの森の奥で妖精に会いました。害はなかったですが、エーベルを連れてまた遊びにきてほしいと言われました」

「遊びに? おやおや、それは気に入られたものですね。けれど、勝手に行かれてはなりませんよ。あなたをお預かりしている以上、私共にも責任があるのです」


 学園長が言うことはもっともである。自分の身に何かあれば周りにも多大な迷惑をかけてしまうのだ。


「はい、気をつけます」


 しんみりと答えたアーディに、学園長はウィンクして茶目っけたっぷりに言う。


「では殿下、反省文の提出をお願いしますね」


 う、と唸ったアーディに、学園長はさらに付け足す。


「ちなみに、いかに殿下であらせられましても、優秀な成績を修めておられようとも、反省文五回で退学処分となります。十分にお気をつけくださいませ」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃である。

 反省文は以前も書いたことがある。つまり二度目だ。あと三度で退学である。


 そうなった時の家族のリアクションを思うと、アーディは心なし青ざめた。

 やっぱり、エーベルは森に置いてきた方がよかったのかもしれない。



 学園長室から戻ると、教室の前にエーベルがぽつりと待っていた。その足元でピペルが大あくびをしている。

 エーベルはアーディを見つけてパッと顔を輝かせて飛んできた。


「アーディ、アーディ、反省文五回で退学処分だって言われタ!」


 学園長がエーベルにも釘を刺したようだ。これでエーベルも少しは懲りただろうとアーディがほっとしたのも束の間、エーベルはにゃししと笑った。


「あと三回もある! じゃああと二回は好きなことができるにゃ」


 これにはさすがに二の句が告げられなかった。

 今からでもいいから、エーベルを森に置いてこようかと真剣に悩んだアーディだった。

 ただ、その場合、森の損害は枝一本で済まない事態になるかもしれないけれど。



 そうして、チャイムが鳴ると皆が席に着き、ディルク先生の指導のもと、贈り物を作り始める。各々の机の上には個人が選んだ素材が並んでいた。


 まず、配られたのは白く小さな卵型のカプセルと白いカードであった。カプセルは薄い陶器のような手触りである。申請した家族の数だけ配られた。アーディの手元にはカプセルとカードが三組。


「はい、まずはカードに家族それぞれへのメッセージを書いて。時間は時計の長針が真上にくるまで。さ、始め!」


 パン、とディルク先生が手を打つ。制限時間は十五分程度だ。

 三人だから一人につき五分。余裕のはずが、書き始めようとすると上手くいかない。頭をガリガリ書きながらアーディはああでもない、こうでもない、と必死に言葉を絞り出した。三人分書き上げたのは制限時間ギリギリになってである。


 ちらりとエーベルを見遣ると、意外なことにエーベルもギリギリまで一心不乱に書き込んでいた。二人分だというのに、どんな長文を書いているのだろう。


 チリリ、とディルク先生のセットした小さなベルが鳴る。ディルク先生はそれを止めると言った。


「じゃあそのカードを折り目に沿ってふたつに畳んだら、カプセルに入れて。カプセルはフタを回すと開くから。どれが誰に当てたものか間違えないようにね」


 言われた通りにすると、卵型のカプセルは簡単に開いた。その中にカードをセットし、再び閉じる。


 そうしていると、ディルク先生は黒板に向かって魔方陣を描き出した。チョークで描かれたそれは、そう複雑ではない術式のようだ。

 ディルク先生は手についたチョークの粉を払いながら振り返る。


「じゃあ、そのカプセルを片手に持って。もう片方で陣を描いて術を展開するよ」


 錬成の効果の陣だ。

 ギューフ・ウィン・エオロー・マン・オセル――ルーンが書き込まれていく。


「術が成ったら、その素材でカプセルを飾るよ。カプセルと素材を接触させるんだ」


 ディルク先生はそう説明しながらカプセルに翡翠のような石を近づけた。コツン、とカプセルと石とがぶつかり合うと、石は熱した鉄のように光を帯び、溶けてカプセルの表面を覆った。その光が落ち着いた時、つるりと寂しかったカプセルは翡翠色に染まっていた。


 なるほど、ああして作るのか。エーベルはただの木の枝をどう使うのかと思ったけれど、今はまず自分のことに集中しなければ。

 まずは兄の分だ。


 ――元気にしている。

  次に兄上に会う時にはもう少し成長しているつもりだ。

  兄上も体には気をつけて。


 素っ気ないメッセージ。本当は色々と言いたいこともある。

 けれど、あまり書きすぎると次に顔を合わせる時にどんな顔をすればいいのかわからない。だからこのぐらいにしておく。


 このメッセージを込めたカプセルに、採取した素材の花を合わせる。花のモチーフを象嵌した工芸品さながらに華やいだ。男に花が似合うかというと、似合う兄だと思う。


 そうして、次に母の分。


 ――毎日色々とあるけれど、それなりに楽しく過ごしています。

  母上もどうか健やかにお過ごしください。


 一番無難に収まった。母には心配をかけたくないと思う気持ちからだ。

 まだまだ子供だとは思われたくない意地もある。

 母にと選んだ素材の石を合わせると、カプセルは多面体にカットされた宝石そのものに見えた。小さな光が中で踊る。


 そして、最後に父。


 ――学園に通わせてくださり、ありがとうございます。

  ここで学べる日々を大事に過ごします。

  父上もご無理をなさいませんように。


 ここにあんまり大きなことは書けない。後が怖い。ニヤニヤ笑いながらアーディが城に戻ってから目の前にカードをチラつかせたりしそうだから。

 なんでそんな心配をしなくちゃいけないんだと思うけれど、そんな父だ。


 素材は、妖精からの贈り物。とっておきの品。こんな使い方をしていいのかと思うけれど、もらったのだから使わないのも悪い。

 緊張しながらカプセルに合わせてみると、カプセルそのものがオーブのように艶めき、透き通るほどの繊細な美しさだった。


「みんな、できたかな?」


 そう言いながらディルク先生は机と机の間を歩く。アーディのところを通る時、ふわりと笑った。そうして、エーベルのそばで立ち止まる。


「シュレーゲル君、錬成陣を組み替えたね?」

「そーカモしれません」


 しれっとエーベルがそんなことを言った。ディルク先生は嘆息する。


「まあ、いいんだけど……」


 と、ディルク先生がエーベルの横をすり抜けると、エーベルは手にカプセルを持ってアーディの方を振り返った。あのただの木の枝を合わせたとは思えないような、うっすらと緑がかった金のカプセル。

 何がどうなったらああなるのだろう。陣を組み替えたと先生が言ったのは、エーベルなりの工夫をしたということなのか。


 その後、それぞれのカプセルは袋に入れ、誰宛かというタグをつけて提出した。その時、エーベルが提出したうちのひとつを見て、先生が優しく笑っていた。


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