〈10〉父へ
ふぅん、と妖精は笑った。
「そう。じゃあ仕方がないかな。でも、また遊びに来てくれると嬉しいな。私はこの森を離れられないし、小さな妖精たちではこの子の魔力には驚いて近寄れないだろう。連れている魔族とも相性が悪い。あなたが一緒にいてくれるととても助かる」
「今日は学園の授業の一環で来たんだ。許可があればまた来る」
勝手に立ち入っていいのかわからないので、アーディは念のためにそう答えた。すると、妖精はふむふむと軽くうなずいた。
「授業ね。つまり何をしに来たんだろう?」
「家族への贈り物を作る素材を集めに来たんだ。石とか花とか、少しもらってる」
アーディがそう告げると、妖精は驚いた様子だった。
「家族への贈り物? それは人間王への贈り物なんじゃないの?」
「そうなる。でも、その辺の石とかでいいんだ」
王だからって、息子の工作に金銀財宝を使えとは言わないだろう。普通の素材でいい。
アーディが淡々と語ったのに、妖精はエーベルの姿のままでかぶりを振った。
「その辺の石なんて駄目だ。ええと――」
エーベルの姿なので、体操着のポケットに手を突っ込む。そうして、それをアーディに差し出した。アーディは差し出されるままに手を伸ばした。アーディの手の上に落とされたのは、虹色の小さなオーブのようであった。ビー玉よりも少し大きいくらいか。
妖精はにこにことして言う。
「私たちは人間と同じ国に属しているつもりはないけれど、それでも人間の国が荒れれば居心地は悪い。人間王の血筋は長年この辺りを平穏に保っているから、そのことに敬意を持ってはいるんだよ」
そうなのか。アーディは意外な言葉に目を瞬かせた。
英雄王の血を受け継ぐ王族とはいえ、すべての人間が優れているわけではない。血よりも努力が父を支えているのだと思う。絶対の存在ではない人間だからこそ、驕ることをしない。いつか父がそんなことを言っていた。
妖精からのその評価を聞いたら、父は喜ぶだろうか。
「いいのか?」
「うん。妖精の力の結晶だから、魔除けになると思うよ」
「……ありがたく受け取らせてもらう」
そう言って、アーディがその結晶を握り締めると、妖精は嬉しそうに笑った。
「じゃあね、人間王の王子。このまま振り返らずに戻ったら森から抜けられるよ。その途中にこの子もいるから、見つけたら決して手を離さずに一緒に行って。手を離したらここに残ってもらうからね」
またそういう怖いことを言う。アーディは軽く嘆息した。
「わかった。ありがとう」
アーディはそう言ってきびすを返した。言われた通り、もう振り返らなかった。けれど、その背中にひと声――
「ああ、私の名前はアルベリッヒだ。じゃあ、またね」
アーディは振り返らずにうなずいた。
そうして、どれくらいか歩くと、妖精アルベリッヒの言った通り、ピペルを乗せた魔方陣を浮遊させたエーベルがいた。ピペルがいるということは、アルベリッヒが化けているわけではなく、本物のエーベルなのだろう。
「おい、エーベル!」
アーディが声をかけると、エーベルは振り向いてパッと顔を輝かせた。もしかすると、アーディがアルベリッヒと話していた間、ずっと森をさまよっていたのかもしれない。
ただ、エーベルに疲れの色は見えなかった。
「アーディ、アーディ、見てこれ!」
エーベルが差し出したのは、なんの変哲もない木の枝である。
「この枝葉、すんごい伸びて伸びてすんごかったんだ! ってことは、ソーンとベオークを組み込んだ術式が自然発動してるワケだ。この枝、母さんの素材にする!」
木の枝である。しかし、エーベルは嬉しそうだ。着眼点がどうにも一般人とは違う。
深く考えてはいけない。本人がいいならそれでいいのだ。
「……そうか。じゃあ戻るぞ」
と、アーディはエーベルの手首をつかんだ。
――見つけたら決して手を離さずに一緒に行って。
そう、アルベリッヒが言っていたから。
エーベルはキョトンとしつつもアーディに引きずられてついてきた。
少し先を行くアーディ。アーディは振り返らずにぽつりと言った。
「そういえば、その木の枝にするなら、先に見つけた結晶はどうしたんだ? 家族一人につきひとつだろ?」
すると、後ろからエーベルがうにゃ? と変な声を上げた。
「うん。だからふたつ要るんダ!」
父親はいないと言った。けれど、祖父母がいないとは言っていない。どちらかがまだ存命らしい。
「アーディも素材探せたのかにゃ?」
「探した」
「そっかぁ。なんか楽しいナ。家族の日とか、こういうの、家にいたら知らないママだったゾ。学園に来てよかった」
無邪気なものである。
しかし、そんなエーベルに和んでいる場合ではなかった。それは集合場所の入り口に戻ってすぐに気づかされた。
アーディとエーベルの肩にぽんぽん、と背後からディルク先生の手が載ったのだ。
「奥へは行っちゃいけないって、先生最初に言ったよね?」
――バレている。
ディルク先生のいつになく低い声に振り向けずに固まったアーディとは真逆に、エーデルは平然とうなずいていた。
「はい、確かに先生は言ってました!」
それが何か? とでも言いたげだ。
その言いつけを守らなかったヤツの反応ではないだろうに。
エーベルには、生徒として先生の言いつけを守らなくてはならないという一般常識が欠落している。
ディルク先生は静かにうなずいた。
「二人とも、帰ったら一人ずつ学園長室まで一緒に来なさい」
まただ。
また、反省文だ。
やっぱり、エーベルと関わるとろくなことがない。
アーディはどっと脱力した。