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〈8〉森の奥へ

 ――だから嫌なんだ、とアーディは腐った。

 エーベルと関わるとろくなことがない。


 それは母の分の素材を探し当ててからしばらく歩いた先でのことだった。風もないのに木々が騒ぎ、日中だというのに雲間の薄暗さが辺りを包む。しかし、太陽を隠したのは雲かどうかもわからない。木々が枝葉を伸ばし、天井のように空を覆いつくしていた。


 空気が、違った。

 ディルク先生が言ったのは、明らかにこのことだ。こうなったら引き返せと。


 何も考えずにズンズン進んだエーベルは、それでも平然としたものだった。アーディはとっさにエーベルの腕をつかんだ。


「おい、引き返すぞ」

「なんで?」


 こいつは――と、殴ってやりたい心境になる。


「この空気、感じないのか? この先に行くなってことだろ」


 すると、エーベルはにやりと嫌な笑い方をした。絶対、わかっていてやっている。目が好奇心で光っている。


「気のセイだって。気のセ・イ。でもアーディが気になるならアーディは先に戻ってテ?」


 と、珍しくアーディの手を自分からひき剥がした。そうして、にゃししと笑う。

 好奇心とは人の成長、発達には不可欠なものだとして、けれどそれは時と場合による。人に迷惑をかけもすれば、自分にも害を及ぼす。そんな時もある。


 わかっていても止められない。まるで中毒のように厄介な代物である。

 それを自制できる者とできない者がいる。エーベルは後者。その好奇心は正直言って異常である。


「いい加減にしろ!」


 苛立ちながらアーディがさらに伸ばした手を、エーベルはヒラリとかわした。


「……」


 エーベルは笑っている。笑いながら足が動いた。


「じゃ、そゆコトで!」

「ふざけるなっ!」


 背中を向けて駆け出したエーベル。否応なしにピペルは連れられていく。気の毒だが、あれは連帯責任というやつか。

 そのピペルが起きていたら、それ以上行ったら絶交だとアーディが叫べば止まるとか提案しただろうか。それは無理な注文であるけれど。


 仕方なく、アーディはエーベルの背中を追った。

 放っておいてもよかったのかもしれない。いいのだと思う。

 けれど、エーベルは学園生活が好きなのだ。輪を乱してばかりのくせに、この集団生活を楽しいと言う。


 集団生活に馴染みのない育ちであるから、足並みそろえる意味を知らない。いつもしたいことをしたいようにしている。自由で、だからストレスとは無縁にいつも機嫌がいい。子供みたいなやつだ。


 多少のことならば許せても、世の中には越えちゃいけない一線がある。それが今、この場所なのだ。無事に帰れたとしても、決まりを守れない生徒は退学になるとか、そういう発想がエーベルにはない。


 木が、ざわざわと叫んでいる。足元の草が踏み締める足を絡めるように動いている。エーベルの背中が暗い木々の切れ目に消えた。けれど、あそこは道なのだろうか。


「おい! エーベル!」


 『無難』とはなんていい言葉だろうと思っているアーディと、好奇心の塊であるエーベル。気が合うはずがない。ふざけるなと思う。


 本当に、アーディは学園生活を無難にやり過ごしたいのだ。それをどう考えてもエーベルが邪魔をしている。

 それなのに、アーディの足は森の奥へと急いでいる。いい迷惑だ。


 エーベルにそれほど後れを取ったはずはないのに、アーディは一向にエーベルに追いつけなかった。それどころか、影も形も見えない。ピペルもだ。

 ただ森の風景が続いて、これは永遠に抜け出せない場所なのではないかという気になる。


 そこでハッと気づいた。そう、この先は妖精たちの住処。そう簡単に人間を踏み入れさせるわけがない。なんらかの幻術が作用している可能性もある。


 それに気づいたアーディは足を止めた。だからといって、このまま引き返してもとの場所に戻れるのかどうかもわからない。エーベルとも完全にはぐれてしまったようだ。


 どうしたものかと嘆息した。

 その時、枝葉がさわさわと揺れ、木々の形が少しずつだけれど変わって見えた。目の錯覚ではない。本当に、木々が意思を持って生き物のように動いた。

 狭かった道幅も、気づけば広がっている。アーディが佇むその場所は、いつの間にか開けた野原であった。空は相変わらず閉ざされたままであったけれど、不思議と暗くはない。


 アーディが上を見上げて、そうして正面に向き直った時、目の前にいたのだ。それは、はぐれたはずのエーベルであった。


「やあ、こんにちは」


 陽気な挨拶に見合わない悪寒が、アーディの背中に走った。


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