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〈8〉迷惑

 試験は明日。新入生にとって、つまりアーディにとってもエーベルにとっても初めてのテストということである。エーベルはどう考えているのか知らないけれど、さすがにアーディも恥ずかしい点は取りたくない。低い点数を家に報告されたら、大口叩いて学園に通い出したくせにこの体たらくかと腹を抱えて笑うような父なのだ。そんな屈辱的な目には遭いたくない。


 いつもよりも更にピリリとした放課後。


「アーディ、アーディ、今日はどうする?」


 ニコニコと近づいて来たエーベルに、アーディは冷ややかな視線とひと言を浴びせる。


「寮の部屋で勉強する」

「えー」


 不満げなエーベルに、アーディは嘆息した。


「そんなに余裕があるならヴィルを見てやれよ」

「なんで?」

「お前が天才ならヴィルの成績も上げてみせろ」

「うはぁ、ボクは天才だけど、ちびっ子は凡人だぞ。そんなのムーリー」

「大したことない天才だな」


 冷ややかに言うと、エーベルは大いに自尊心を傷つけられたらしく、ぷぅっと頬を膨らませた。


「ムム、じゃあちびっ子の成績が上がったらボクのことソンケーしてよ」

「……」


 その性格を直してくれたらいくらでも尊敬する。


「おーい、ちびっ子! 魔術学の試験範囲でわからないところはどこだ!」


 ヴィルは突然のことにビクッと肩を跳ね上げた。エーベルは一応優秀だ。アーディが教えるよりももしかすると上達は早いかも知れない。そうは思うけれど、なんとなくヴィルがすがるような目をアーディに向けた気がしないでもなかった。


 アーディが教室を抜けて寮へ向かうために階段を降りると、通りかかった二年生のレノーレと行き逢った。この間とリボンの色が違うけれど、髪型は同じだった。アーディのことを覚えていたらしく、目を怒らせて近づいて来る。


「そこのあなた、エーベルは? 今日は一人なの?」

「明日はテストだから寮に戻って勉強する」


 端的に答えると、レノーレは納得したようだった。けれど、大きな瞳で上目遣いにアーディを睨むと、急にアーディの腕を引いた。


「ちょっとだけこっちに来て。訊きたいことがあるの」


 嫌だと断りたかった。けれど、断ったら多分うるさいんだろうなと思わせる。

 他の男子生徒だったら美少女の先輩に腕を引かれて歩いたらもっと嬉しそうにするのだろうけれど、アーディは少しも嬉しくなかった。

 放課後。日も傾き出した校舎の裏手でレノーレはアーディの腕を放すと自らの腕を組んで偉そうにふんぞり返った。


「そういえば、あなたの名前は?」


 今更だけれど名乗った。


「アーディ=バーゼルト」

「そう、アーディ、ね。あたしはレノーレ=ティファート。……ねえ、アーディ、エーベルのことなんだけど、あの子あなたに自分のことを何か話した?」


 探るような物言いと目つき。アーディはかぶりを振る。


「さあ。古い家系だとか、そんなことだけ」


 明らかにほっとしているレノーレに今度はアーディが言ってみた。


「皆はあいつが王子だって噂してるぞ」


 何かを知っているレノーレ。その反応が知りたかった。

 ただ、きょとんとした彼女。その時、思わぬ邪魔が入ったのだった。


「アーディ=バーゼルト!」


 誰かに呼ばれた。聞き覚えのない男子生徒の声だった。振り返ると、五人ほどいた。けれどあまりよく知らない。思えば、アーディはクラスメイト全員の顔を覚えたわけではなかった。だから彼らが同じクラスなのかどうなのか判断ができなかった。大きいのと小さいのと太いのと眼鏡と出っ歯。簡単に言うとそうなる。

 大きいのが威嚇するように言った。


「ちょっと顔貸せよ」

「用件は手短にしてくれ」


 レノーレにも絡まれているのだから、こうしているうちに勉強時間が減る一方だ。どうしてこう、次々やって来るのだろう。しかし、どう考えてもエーベルのせいだ。アーディは地味に生活しているだけなのだから。


「何よ、あんたたち?」


 どうやらレノーレはなかなかに気が強いようで、男子生徒五人だろうと下級生相手に下手に出る気はないようだ。出っ歯がこそっとつぶやく。


「レノ先輩まで……なんでお前みたいなのの周りに――」

「は?」


 アーディは顔をしかめた。それが気に入らなかったのか、男子生徒たちは更に怒りをあらわにする。


「お前なんて王子の従者に相応しくないんだ! 図に乗るなよな!」

「……」


 王子というのはエーベルのこと。その従者になんてなった覚えはない。なりたいなんて露ほども思わない。


「王子につきまとうだけじゃなく、ヴィルにも馴れ馴れしいんだよ!」


 つきまとわれているけれど、つきまとったことはない。それに、ヴィルのことは何か関係があるのか。これはつまり、やることなすこと気に入らないと言いたいだけなのか。


 なんでこのテスト前日にと思うのだけれど、いつもはエーベルがまとわりついているからアーディのことを呼び出せる隙がなかったのだろう。彼らも明日はテストだろうに。

 うんざりとしていたアーディのそばでレノーレは嘆息した。


「なによ、要するにやっかんでるだけじゃない。でも、あんたたちなんにもわかってないんだから」


 すると、ずっと押し黙っていた眼鏡の少年が、急に何かを投げつけて来た。アーディもレノーレもそれを軽く避ける。小さな丸いものは地面に落ちるとパン、と弾けた。


「!」


 薄紫色の煙がもうもうと上がる。それが催眠効果のある煙だということには良いほど吸い込んでから気づいた。学園の生徒は良家の子女だけに、護身用に持たされていた何かだろう。


 アーディの隣にいたレノーレもしっかりと煙を吸い込んでしまったのか、アーディよりも先に倒れた。アーディも明日のテストのことを気にしつつ、睡魔には勝てなかった。


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