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〈7〉母へ

 にゃにゃにゃ~、とよくわからないエーベルの歌声を聞きながらアーディは歩いた。そろそろ残り時間は半分くらいになったのではないだろうか。アーディはあとふたつの素材を探さなくてはならない。エーベルは最初からひとつで済むと思って余裕なのだろうか。


 森は広く、段々他の生徒ともすれ違わなくなってきた。隣には相変わらずエーベルとよく寝ているピペルがいるだけだ。


「……お前の母親はどういうのが好きなんだ?」


 エーベルの母親。かなり未知の存在である。

 だからなんとなく訊ねた。すると、エーベルは嬉しそうに鼻歌を中断して振り向いた。


「母上か? んんん、難しい質問ダナ」

「難しいのか?」

「うにゃ。母様は黒が好きだナ」

「黒……」


 わかるような、わからないような。ただ、多分似合いすぎるのだろうという気はする。間違っても趣味は刺繍だとかお菓子作りだとか、そういう返答は来ない。それはエーベルを見ていればわかる。


 悪の大魔術師の血筋に黒。すでに薄暗い。

 しかし、エーベルは楽しげににゃにゃにゃと笑っている。


「うちのママがどうしたら喜ぶのかはボクが一番よくわかってるからいいのサ。で、アーディは?」

「は?」

「アーディのお母さんはどんな人?」


 エーベルからごく普通の質問が来た。そのことにびっくりした。

 どんな、とは、立場を伏せれば答えられなくはない。アーディは少し渋りつつぽつりと言った。


「一見優しそうで淑やかなんだけど、怒らせると多分一番怖い」


 そうなのだ。父も兄も結局のところ母には弱い。

 ――両親の馴れ初めは、訊いてもいないのに父が勝手に語った。何かのパーティーでたまたま母のことが目についたのだと。


 伯爵家の令嬢では、王太子妃の後ろ盾としては弱い。美しい娘ではあるけれど、美しい娘ならば溢れている。何も彼女である必要はない。初めはそう思ってそれ以上気にしなかったらしい。


 ただ、そのパーティーが終わるころにはそんな考えは吹き飛んでいた。どうしても彼女がいいと、他の娘が目に入らなくなった。


 パーティーの最中さなか、侍女が粗相をして侯爵令嬢のドレスにワインをかけてしまうという、些細な事故があったらしい。激怒した侯爵令嬢が床に額を擦りつけて謝る侍女をなじったところ、のちにアーディたちの母親となる娘がやんわりと間に入ったのだという。


 家柄が格上の令嬢にも笑顔で意見し、侍女を庇った。嫌味と一緒に母も顔にワインをぶちまけられたらしいけれど、それでも母はこんなことで気が済んでくれたのならそれでいいと大らかに構えていたらしい。


 広い庭園でのパーティーで、まさかそんな現場をお忍びでやってきた王太子が見ているとは思わなかったと母は言っていた。


 後ろ盾などよりも、個人の持つ芯の強さ、輝きは何にも勝る。そう気づかせてくれたと父は言う。


 ふーん、とそれ以上の感想を述べたことはないアーディであった。

 実際、母は闇雲には怒らない。けれど、権力の使い方を間違えたような行いには手厳しい。

 そのまっすぐな性根を、兄もアーディも受け継いだような、受け継いでいないような。


 そこそこの身分から王妃になって、苦労も多くあったと思う。立派な人だと思う。アーディがそれを口に出せていたのは何歳までであったか覚えてもいないけれど――


 剣のように尖った葉をした紫の花が咲いている、その辺りには浅く水が湧き出ていた。

 水溜まりである。どこにも流れて行けない水なのに濁りもなく澄んでいた。その水溜まりを覗いてみると、白く輝く石がいくつか沈んでいる。思わずアーディが手を伸ばして拾い上げると、その石は涙型をしていた。カットされた宝石のようで、角度によっては透き通って見えて綺麗だった。


 母にはこれをと思い、アーディはその石をポーチに仕舞う。

 その時、エーベルが動いた。尖った葉を持つ花の芯に、金色のガラスの破片に似た結晶があった。それを抜き取り、光に翳して眺めている。その結晶は中に細かな光を含んでいた。


「ふぅむ。コレ、面白いな。この花が光を結晶化するのかナ」


 などとつぶやきながらそれをポケットに仕舞った。

 それがアーディには意外であった。本当に小さな結晶なのだ。派手なエーベルが素材にそれを選ぶとは思わなかった。


「お前はそれで母親への素材が探せたわけだし、もう目的は達成だな」


 アーディはあともうひとつ探さなくてはならないのだ。

 するとエーベルはへぇぇ、と変な声を出して首を傾げた。


「なんで? マダダヨ?」

「なんでって、今……」


 もしかして、あれは候補のひとつで、別にいいものが探せたら取り換えようと思っているのかもしれない。それでアーディも納得した。


「さ、先へ行こう行こうぅ」


 無駄に陽気なエーベルに引っ張られ、アーディは渋々歩くのであった。


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