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〈5〉兄へ

 妖精がいる森ともなれば、花は瑞々しく枯れることなどない。生命力に溢れた森は小石でさえも宝石のように煌めいている。雑草の緑も、どこよりも鮮やかだ。


 アーディは学園に入学する前の人生の大半を城の中で過ごしてきたけれど、たまには外へ連れ出されることもあった。供をつけて森へも入ったことはある。


 この森は学園の敷地の中であるのだから、規模はそう大きくないはずだ。けれど、アーディが行ったことのある森よりも清浄な空気が濃く感じられた。

 もしかすると、力の強い妖精が棲んでいるのかもしれない。外とは違い、学園の敷地の中という閉ざされた場所にある古い場所なのだ。


 解散になってから、そんなことをぼんやりと考えながら歩く。隣にはエーベルがいる。

 一瞬目を疑ったのだが、手には黒いゴミ袋を提げている――と思ったら、片手で首根っこをぶら提げられたピペルであった。


「なんかぐったりしてないか?」


 ギョッとしてアーディが言うと、エーベルはピペルをアーディの前に押し出した。


「うーん、この森の空気が合わないのかもにゃ。これでも魔族ダシ」


 とっさに振り返ってフィデリオの使い魔である尾羽の長い鳥を見た。しかし、鳥はツンと澄ましてフィデリオの肩にとまっている。どうやら属性の差があるようだ。あちらは平気らしい。


「置いてきてやればよかったな」

「大丈夫だにゃ。寝ているだけだからナ」


 と、エーベルは心配している様子はない。アーディがあんまりな持ち方をするエーベルからなんとなくピペルを受け取ると、なるほど、よく寝ていた。

 時折ハナチョウチンがそれを物語るように膨らむ。体操着によだれは垂らさないでほしい。エーベルの持ち方は残念ながら正解だった。


「魔族にしか効力のない何かがあるんだナ。いつか解明したいにゃ」


 花粉症のようなものかとアーディも少し興味深く思った。

 にゃしし、とエーベルは楽しげに笑っている。エーベルはご馳走を前にした時よりも謎を前にした時の方が何倍も嬉しそうであった。

 しかし、その原因解明をしに森に来たわけではない。


「今日は授業なんだからな」

「フハハ、わかってるっテ」


 エーベルがわかってると言うと、あんまりわかってないと思ってしまうのは何故だろう。いや、何故も何もない。日頃の行いだ。


 ピペルをぶら提げて歩くのは面倒だと思ったのか、エーベルはいつも自分が乗る虹色の魔方陣を出し、そこにピペルを乗せて飛ばせた。ピペルの体に合わせて魔方陣は小さい。エーベルが動くと魔方陣はちゃんとついてくる。


 さりげなくこういうことができるのだから、やはりエーベルの素質はすごいとアーディも認めざるを得ない。学園祭の時ヴィルにかけた呪いといい、今のアーディにはまずできない芸当である。



     ☆



 まず、歩き始めてしばらくしたら、低木の木の枝に白い花が咲いていた。その花弁は硬質で艶があり、まるでガラスでできているような不思議な花だった。その芯はサファイアに似た輝きである。

 アーディは手を伸ばしてその中のひとつに触れてみた。手の平に収まるほどの小さい花を眺めつつ、アーディは思った。

 この花は兄に、と。


 いつも明るい顔の裏に、王太子としての重責を抱える兄。

 アーディ以上に厳しく、多忙な日々を過ごしてきた兄をいつも見てきた。

 四つ年上、いつも兄貴風を吹かせている。


 時々、弟を構いすぎだと思う。ほっといてくれたらいいと思う。

 でも、尊敬はしている。いい王になれると思う。支えたいとも思う。

 小さな花は、コロンとアーディの手の中に落ちた。


「……」


 手の中の花を眺めつつ、アーディはとりあえずそれを腰のポーチに仕舞った。


 そんな時、いつものエーベルの取り巻きたちがやってきた。やってきたのではなく、エーベルの後をついてきていたのだろうか。アーディが彼らを空気として扱っていただけの話かもしれない。


「エーベルハルト様、我々にお手伝いできることがあればご遠慮なく仰ってください!」


 目を輝かせて太っちょがそう言ったけれど、エーベルは小首をかしげてひと言。


「ないナ」


 バッサリである。

 いや、そんなことでめげる彼らではない。エーベルと会話が成り立ったことに感動を覚えている様子だった。ある意味幸せなヤツらだとアーディは思う。

 ふと、ちっさいのがアーディが手に入れた花に目をつけた。


「あ、その花、すっごく綺麗だな。僕、それにしよう!」


 別にアーディの持ち物ではないから駄目だという権利もなく、ただなんとなく被ってしまった素材に対する思い入れが薄れそうになった。

 他のにしようかな、でももう戻せないか、とか考えていると、ちっさいのはその花を引きちぎろうとして苦戦していた。


「うわ、なんだこの花! 硬すぎて取れない!」


 かなり力を入れて花の根元をぐりぐりと引っ張っているのに、花は潰れることなくしっかりと形を保っている。

 アーディが触れたらぽろりと取れたのに、その差はなんだろうか。


「仕方ないから他のにする」


 と、ちっさいのは渋々諦めた。手が痛くなったのだろう。もぎ方にコツがあって、アーディは知らず知らずのうちにそれをしたということか。


 よくわからないけれど、素材のひとつは手に入った。

 後はふたつ。父と母の分だ。


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