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〈4〉ツュプレッセの森

 よく晴れたその日。


 アーディたちのクラス・フェオと隣のクラス・ウルは学園の校舎から南のツュプレッセの森へと課外学習に出かけた。この森は学園の敷地内に浮遊している小さな妖精たちの本拠地とも言えた。

 その奥は妖精の領域である。人はほぼいないだろう。

 野生動物と同じで、人とは棲み分けが必要なのだ。


 以前の課外学習と同じように、体操着を着込んで徒歩で向かうとのことだった。

 ツュプレッセの森はハーフェン湖に比べると近い。ちょっとそこまでという程度の距離だ。


 それでも列を作り、クラス・フェオのディルク先生とクラス・ウルのエレット先生とが引率して進む。列はクラス・フェオから出発した。

 先頭がディルク先生で、殿しんがりがクラス長のヴィルである。なんとなく、アーディはヴィルの前を選び、エーベルはその横を選び、そこにピペルがくっつくという状況であった。


 ただ、そこは列の最後尾ではない。蛇で言うところの腹部である。その後ろにはクラス・ウルが続いているのだ。担任の年若く美人なエレット先生が金髪を束ねて凛々しい姿でクラスを引率している。


 エレット先生は緑の瞳でまっすぐにこちらを見ていた。最初はただ、アーディたちが正面にいるから仕方がないのだと思ったけれど、冷静に考えてみるとそれだけではない。

 教師ならばアーディとエーベルの素性を知っている。問題はないかと見守っているのだろう。


 いや、その視線よりも気になるのが、クラス・ウルの女生徒たちのものだ。目を皿にしてエーベルを見つめている。あの先頭の競争率はいかほどのものだったのだろう。


 エーベルは多分、何も考えていない。何も考えずにペラペラといつも通り、内容の薄い会話を繰り広げている。アーディとヴィルの方がその視線を気にしてチラチラと振り返った。


 エーベルはそれが気に入らないらしく、アーディの肩に手を置くと、耳元でわわわ、と声を発する。


「うるさいっ!」

「だってアーディが聞いてないんだもん」


 ぷぅ、と頬を膨らませてみせる。お前は子供かと言いたいけれど、言うまでもなく子供なのだ。

 クラス・ウルの女生徒たちからキャアキャアと声が上がった。その声にはどういう意味が含まれているのだろうか。アーディは考えないことにした。


 エレット先生だけはさすがに平然としている。ヴィルも慣れたもので、笑っているだけであった。

 ピペルは蝙蝠のような羽根で宙を飛びつつ、アーディにぽちょりとひと言。


「どうやらその不愛想な地味顔はびーえる妄想には向かないようですにゃん。鎮火早くてよかったですにゃん」


 意味がわからない。わからないなりに、アーディはひどい被害に遭ったような気分だった。



     ☆



 シュプレッセの森の入り口は、常春の学園と同じく春の風情であった。茂った木々の周りをふわふわとした球体が飛んでいる。まるで空気まで花の色をしているように感じられた。


 森の入り口は並木道になっていて、ようこそと言わんばかりに開かれている。

 エーベルは初めてきた場所に興味津々の様子だ。無言で森の奥を見つめている。その口角が上がっているのがなんとも不穏ではあるけれど。


 手前に並んだ生徒たちにディルク先生が口元に手を添えて声を飛ばす。


「今から森に入るけれど、森には妖精や精霊がたくさんいるからね。彼らに敬意を忘れずに、家族に贈り物を作る素材を家族一人につきひとつだけ頂いて帰るんだよ。くれぐれも欲張らないようにね?」


 家族一人につきひとつ。それならばアーディは父、母、兄の三人分を持ち帰らなくてはならないということだ。

 それから、エレット先生も言葉を添える。


「この森の奥地は妖精の住処すみかですから、決して奥へは行かないように。それだけは気をつけてください」


 すると、そこでクラス・ウルのクラス長にして学園リーダーのフィデリオが挙手した。発言を許されると、フィデリオは優等生然とした様子で言った。


「その奥への入り口のようなものはあるのですか? 間違って迷い込まないためにお聞きしたいです」


 なるほど、とアーディも納得した。ディルク先生がうなずく。


「彼らにしても踏み入ってほしくない領域だからね。そちらに近づくと、空気が変わるよ。それから、妖精たちが止めにくる。とにかく、異変を感じるはずだから、そうなったら即座に引き返すようにね。自由時間は二時間だけだから、遠くへ行きすぎないこと」


 生徒たちが声をそろえて返事をする中、エーベルの口元は相変わらず楽しげに持ち上がっていた。


 行くなと言われて素直に従う確率は五分五分。絶対に従わないとも限らないところが読みづらいエーベルである。

 ちなみにピペルはなんとも気だるげにあくびをしていた。

 

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