〈3〉フツー
「アーディのご家族ってどんな方々なの? お兄さんにはお会いしたけれど……」
と、ヴィルが急に言い出したのだ。それも、どことなく探るような目をしている気がする。
アーディは自分の地味さから身分がバレることはないだろうとたかをくくっていたけれど、長く接していたらどこか疑わしい部分もあるのか。
ここでぐるぐると考え込んではいけない、とアーディは真顔の裏で気づいた。なんでもいいから早く答えないと余計に怪しまれる。
けれど、どんなと言われても、両親の職業は国王と王妃――素直に答えたら正気を疑われそうだ。
「別に……フツー」
困った挙句、普通でも何でもない特殊な家族を持つアーディは大嘘をついてしまった。しかし、ヴィルはその答えがアーディらしいと思ったのか、クスクスと笑った。
「伯爵様よね。それでも普通なんだ? うちは、ちょっと厳しい時もあるけど、わたしは大事に育ててもらったかな。兄弟は上に二人いるの。お兄様とお姉様が」
「ヴィルは末っ子か?」
「うん。そう」
ヴィルの兄も姉もこの学園にはいない。年が離れているのだろう。兄弟に追いつこうと必死になるヴィルの様子がなんとなく感じられる。
「学園は楽しいけど、家族と会えないのは寂しいね」
「……」
別に。特に寂しくはない。
どうせアーディの生活は逐一城へ報告され、それをネタに笑っていそうな家族である。それがわかるから、寂しいと感じてはいない。
「ちびっ子、オマエはいくつだ? その年で家族が恋しいなんて変わってるナァ?」
などとエーベルは平然と言う。変わっているのはお前だとアーディは思う。
「え? そ、そう?」
「エーベル様の母上様はたまーにしか家に戻らないのですにゃー。たまに帰ってきたと思ったら……っ」
と、そこでピペルは身震いして口を閉ざした。一体何を思い出したのだろう。
エーベルはうにゃん、と声を漏らしながら小首をかしげた。
「マムに贈り物か。それは本気で取り組まないとマズい。マズマズ」
本当に、どんな母親なのだろう。知りたいような知りたくないような存在である。
「うん、それでね、丸一日かけて作るの。森で材料を採取して、それでメッセージを入れるカプセルを飾るんだって、ディルク先生がそう仰ってたわ」
森とはいっても、学園の敷地内にあるもののことだ。行くのは初めてだけれど、楽しみだとは思わない。
森で材料を採取とは、なかなかに面倒だ。手作りキット的なものを組み立てるくらいにしてほしかった――などと、エーベルと違ってやる気のないアーディは思ってしまった。
「森? モリな。ここの森には何があるのかにゃ? ま、マミーに贈るなら、やる限りは全力ダ!」
なんだろう、このアーディとエーベルの温度差は。
学園祭の演劇の時もそうであった。どこにスイッチがあるのかわからないけれど、エーベルは時々真面目になる。いや、基本的に授業自体には真面目なのかもしれない。真面目であるからマトモとは限らないというだけで。
そんなエーベルを微笑ましく思ったのか、ヴィルがフフ、と笑った。
「お母様、喜んでくださるといいね。アーディも普段は言えない感謝ってあるよね?」
「へ……?」
感謝。
ややこしい立場のおかげで苦労は多いけれど、五体満足に産んでもらって、育ててもらって、今も割と自由にさせてもらっている。これで全く感謝していないかと言えばそんなことはない。
しかし、それを口にするのは命が尽きる前というくらい、アーディは心のうちをさらけ出すのが苦手なのだ。
「……」
難しい顔をして黙ったアーディに、ヴィルは優しい声音で言った。
「気持ちは言葉にするのが一番だけど、思っていることは行動からも伝わるんじゃないかな? アーディからの贈り物も、ご家族はきっと喜んでくださると思うの。頑張って作ろうね」
ヴィルのような、常日頃から努力しつづける相手にこんなふうに言われて、突っぱねることができる人間がどれくらいいるだろうか。少なくとも、アーディにはできなかった。
「そう、だな」
なんとなく、アーディはヴィルに、学園に通わせてもらっておいて家族に感謝もできない人間なのだとは思われたくなかった。
感謝はしていなくはないし、尊敬だってしてはいる。それは本当だ。
家族の日とやらを作ったのは、普段から口に出して言えない感謝を伝える手段を考えた結果のことだったのだろうか。