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〈2〉家族の日

 エーベルの母とはどのような人物なのであろうか。

 アーディは少し考えて、その先を考えるかどうか迷った。


 無駄に整った容姿を持つエーベルの母というのなら、多分――いや、どう考えても相当な美人であるのだろう。けれど、その美人の中身がこのエーベルみたいだとすると、正直美人なほど嫌だ。


 アーディは何気にエーベルの足元のピペルに目を向けたが、ピペルは目を合わさないようにそらした。何も訊いてくれるなというのだろうか。


「……父親はそっちの血筋じゃないんだな?」


 なんとなくアーディが続きを訊ねると、ピペルがびくぅっと撫で肩を跳ね上げた。もしかすると、これはしてはいけない質問だったのだろうか。


 マズイ――

 そうは思ったけれど、口に出した言葉は今さら取り消せない。アーディが苦々しい思いでエーベルを見据えると、エーベルは特になんとも思っていないようで平然としていた。


「さあ? 父親の顔なんて見たことないからナ」


 見たことがない。つまり、エーベルは私生児だということなのだろう。

 やはり、訊いてはいけないことであったのかもしれない。

 けれど、ここで下手に謝る方が問題である気がする。両親がそろって健在であるアーディが謝るのは、まるで上から見下すようではないだろうか。


 色々と考えてしまい、その場で凍りついていたアーディに、エーベルはニヤニヤと笑った。


「アーディはもしかして、父親がいないような子とは友達付き合いしちゃいけませんトカ言われて育ったのかにゃ?」

「は?」


 そんなことはない。

 何がそんなことはないのかと言えば、そもそもアーディには友達付き合いというものが当てはまる存在がいなかった。故にそんなことを両親から言われたことはない。


 エーベルはもしや、父なし子だと周りから言われて育ったのだろうか。だからこんなにもよじれて変に育ってしまったのか。

 だとするのなら、エーベルも被害者と言えるのだろうか。しかしここで気の毒がったりすると、さすがにエーベルもいい気がしないだろう。


「別に……そういうんじゃない」


 ボソ、とアーディがつぶやくと、エーベルは上機嫌で言った。


「そ? 父親がいなくてもボクと友達でいてくれる?」

「う、ん?」


 何を言わせるんだとアーディが我に返った頃にはエーベルがにゃししと笑っていた。その顔は悪魔にしか見えない。


「にゃんてナ。ボクの母様はそりゃあすごいんだから、フツーの父親がいる以上にボクは恵まれてるのサ。この美貌と才能を受け継いでるんだから、わかるダロ?」


 自分で言うなと突っ込みたいけれど、エーベルにいいように翻弄されたことが恥ずかしく、アーディはそれを隠すために仏頂面でエーベルを放って教科書を片付け始めた。


 そうしていると、アーディたちのもとへヴィルがやってきた。サラサラの銀髪を揺らし、首を軽く傾げて言った。


「ねえ、今月は『家族の日』があるでしょ? それでね、来週の魔術学の授業は家族への贈り物を作るんだって」


 中性的な顔立ちをした小柄なヴィルフリーデ――ヴィルは、クラス長である。それ故に他の生徒よりも情報が早い。

 ヴィルはいつも健気で真面目な生徒なのだ。このエーベルの血筋を知る、学園で数少ないうちの一人でもある。


「家族の日ぃ? ナンダソレ?」


 ヴィルはええっ、と声を上げた。


「エーベル君、知らなかったの? 今月の11日は家族の日っていって、普段は言えない感謝の気持ちを家族同士が伝え合う日なんだよ」

「ほぇえん。初めて聞いたゾ」

「エーベル様は古文書に載っていないことには疎いのですにゃー。家に閉じこもって紙魚しみにかじられたカビ臭い本を読んでばかりでしたからにゃー、こう見えて世間知らずですにゃん」


 ぐしゃ。

 エーベルの靴底がピペルの背中にめり込んだ。しかしエーベルは一度も下を見ていない。涼しい顔で前を向いている。手慣れた――いや、足慣れたものだと感心していいものか。


 ピペルの失言癖は、どうしても治らない。

 溜まりに溜まった鬱憤が口を閉じさせないのか。あるじを尊敬する心が微塵もないので仕方がないとも言えるのか。


「アーディも知ってたのかにゃ?」


 エーベルに問われ、ギクリとした。実は、アーディもそんな日は知らない。

 家族の日とやらは、国が認めた記念日とは違うのだ。歴史ある記念日であれば、アーディは王族として式典などに参列する。だから、知らないはずがない。


 これはつまり、民間で広まった、どこかの誰かが勝手に名づけた日。

 そんなもの、エーベルとは違う意味で城に閉じこもっていたアーディが知るわけがない。

 しかし、そんなことは言えない。ここは知ったかぶりあるのみ。


「知ってた」

「ふぅん。そんな有名な日なのか」


 普段から表情が乏しく口下手であるため、疑われずにこの危機を乗りきったことにアーディは心底ほっとした。

 そんなアーディの心中を知らず、会話は続く。


「少なくともわたしたちが産まれるより前からそういう風習はあったと思うんだけど」

「ボクらが産まれる前? そんなのつい最近じゃないカ」

「あー、うん、そう、かも」


 ヴィルもエーベルとの会話に慣れたものだとアーディはぼんやりと思った。

 しかし、ここでほのぼのしている場合でもなかった。危機はまだ続いていたのだ。


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