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〈12〉嘘つき

 学園長室から出て、アーディは教室へと戻ろうとした。午後の授業がもうすぐ始まる。

 けれど、教室へと戻る前、校舎の入り口にエーベルたちがいたのである。あんなヤツを連れていたら気になって当然だろうか。


「お兄さんは?」


 レノーレがそう問う。


「帰った」

「そうなの? 色々変わったこと言ってたけど、どこまでほんとだったのかしら?」


 その色々とやらを絶対に聞きたくないと思った。


「カイは嘘つきだから気にするな」


 すると、レノーレはそのひと言で納得してくれた。


「ああ、そう。そうよね」


 いかにも胡散臭かったのだろう。カイがそういうヤツでよかったのかも知れない。

 ただ、一番引っかかっていたのは、何故だかヴィルのようだ。


「アーディ、アーディって他にお兄さんいない?」


 おろおろとヴィルはそんなことを言う。これにはアーディの方が首を傾げた。


「兄は一人だ」

「え、あ、そ、そう、よね……」


 などとつぶやきながらヴィルは黙ってしまった。どうしたのだろうか。

 アーディが困惑すると、エーベルがケッと不機嫌に言った。


「アレがアーディの兄? 変だ。そんなわけない。ちーっトモ似てないゾ」


 今日ばかりはエーベルに慰められた心境だった。似てない、そのひと言がひどく嬉しい。


「そうだな」


 フ、と微笑んだ。それはアーディには珍しい笑みだったかも知れない。エーベルも嬉しそうに笑った。


「そうだ、ピペル。グライフ領の特産品、レッドチェダーの他にはパルーア鶏の燻製が美味いんだ」


 そう、カイが言っていた。アーディも食べた覚えはあるからこれは嘘ではない。


「ほんとですにゃっ? 食べてみたいですにゃ!」


 目を輝かせてよだれを滲ませるピペル。

 そうして、程なくして授業開始のベルが校舎に鳴り響いた。



     ☆



「――ふむ」


 イグナーツ王国王城、光の差し込む窓辺にて。透き通る虹のようなカーテンが、少しだけ開かれた窓を抜けた風に揺れる。

 象嵌の施された椅子に腰かけ、癖のない髪をサラリと掻き上げた青年がいた。その手もとには一通の文書がある。白地に金の蔦模様、上質紙に滑らかな筆致。アンスール学園の学園長直々に書かれ、その魔術によって光の速度で届けられた文書である。


「学園長からの返信にはなんと書かれていますの? あの子は元気なのですか?」


 じれったそうに訊ねたのは、青年の正面に座る美しい夫人――この国の王妃である。取り立てて派手ではなく、しっとりと品のあるラインの珊瑚色をしたドレス。手には白羽の扇子が揺らめく。この二人の顔立ちはよく似ていた。親子であるのだ、それも当然であろう。


「元気ですよ。元気すぎるくらいに。それはいいのですが、先日、バーゼルト家のカイが学園に忍び込んでアーディに会いに行ったらしくて、アーディが大層な剣幕だったそうです」


 クスクス、と青年は軽やかに笑う。その声にもまた気品があった。いつ頃からか、自分の立場を自覚した頃には備わったものである。そんな息子に王妃は扇子で口もとを隠しつつ訊ねる。


「あら、ジーク。あなたも以前様子を見に行ったでしょう?」

「行きましたけど、アーディには会ってませんよ。怒るのは目に見えていますから」


 そう、本気でそういうことを嫌がるとわかっているからこそ、あえてやってみたい気持ちにはなるのだが、あの時は我慢した。その代わりに可愛らしい子に話を聞けたからよいのだ。


「ただ、ひとつ問題があるとすれば、私はあの時、一人の女の子に『アーディの兄、カイ=バーゼルト』と名乗ったのですよ。もうあの名前は使えませんね」


 まあ、と王妃は目を瞬かせた。ジークは母に悪戯っぽくウインクしてみせた。


「嘘はいくつもついてしまっては見破られます。だから、私がついた嘘はただひとつだけですよ。私の名前はカイではない、その一点です」

「あなたって子は……」

「だって、仕方がないでしょう。正直に言ったらそれこそアーディに叱られてしまいますよ。私の名前はジークヴァルト=リーデ=イグナーツ。アーディの兄です、などと名乗れるはずがない」


 楽しげに歌うように、イグナーツ王国王太子は言うのだった。

 優秀な、誉れ高き次期国王。けれど彼も人の子である。いつも自分の陰に隠れたがっていた幼い弟を案ずる心もまたごく普通に持ち合わせているのだった。

 その弟は、そういう兄王子の気持ちを喜ばないけれど。


     【 6章End *To be continued* 】

 

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