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〈7〉図書室

 エーベルが踏み入ることで、図書室の静寂は破られた。皆がいっせいに浮き足立つ。ざわざわとうるさい。


「お、空きがないなぁ?」


 試験前の図書室は勉強する学生でいっぱいだった。寮の部屋に戻って勉強した方がはかどるとは思うけれど、こうしてわからないところを教え合ったりしているのかも知れない。

 空席はなかったと言うのに、エーベルのひと声でそこかしこからここが空いています、いいえこちらが、という声が上がる。エーベルは上機嫌で窓際の席を確保した。その机に座っていた他の生徒たちも蜘蛛の子を散らすようにザッと引いた。

 エーベルが王子だという噂が広まっているのか、皆の緊張が窺えた。


「アーディ、ここが空いてるって」


 手招きするけれど、アーディは少しも近寄りたくなかった。視線がグサグサと刺さる。帰りたい。

 とっさにきびすを返したアーディの腕を、いつの間にやらそばに来ていたエーベルががっちりとつかんだ。


「よし、勉強だ!」

「……」

「わからないことはあるか?」


 渋々席に着き、広々と使える机の上で教科書とノートを広げるけれど、アーディもヴィルに教える程度には理解している。家が厳しかったのだ。就学前から基礎知識は叩き込まれていた。

 けれど、アーディはあえて訊ねてみた。


「水を空中で保たせようとしたらどういう式にする?」


 エーベルは軽く首をかしげると、取り出した万年筆でシュルル、とノートに記す。


「ラーグ・イス・ニイド――このルーンをクヴェレ陣の三方に置いて、こう、こう、こう!」


 楽しげに、まるで音楽を指揮するようにダイナミックな動きで描ききった。高らかに万年筆を掲げ、エーベルは得意げに反りくり返る。


「にゃは。どうだ、カンペキだろう!」

「……」


 認めたくはないけれど、完璧だった。こんなこと、授業では習っていない。いつかは習うかも知れないけれど、初級魔術ではない。アーディも家庭教師が教えてくれたから知っているに過ぎないことだ。

 その問題をエーベルは易々と解く。


「誰に習ったんだ、これ?」


 魔術というのは人類の英知である。けれど、あまりに大きすぎる力は国の害にもなりかねない。この程度の技ならそこまでうるさくもないけれど、上位の術ともなると術式の取り扱いには資格がいるのだ。

 エーベルはアーディの問いにきょとんとした。


「習った……ええと、家の者に?」


 家族に優秀な魔術師がいるようだ。魔力の質のすべてが遺伝とは言えないけれど、エーベルの力からしてそうした人間が家族にいたとしても不思議はない。本当に、高貴な家の人間なのかも知れない。

 しかし、アーディにはこのエーベルの家族というものがまったく想像できないのだった。

 でもまあ、とエーベルは不意に笑う。


「魔術とは感じるものだ。教えられたり考えたりするものではないとボクは思うのだよ」


 エーベルはある種の天才ではあるのかも知れない。顔と才能に恵まれているのだから、性格までは保証されなくても仕方がないのか。


「アーディの魔力もなかなかに面白い」

「ん?」

「フヒヒ、新入生の中ではダントツに面白い」

「……」


 妙に気に入られている理由はそのせいでもあるのか。

 エーベルの判断基準がそこだとすると、魔術の苦手なヴィルに興味がないのにもうなずける。


 さっきから品のない笑い声ばかり立てているというのに、周囲の目はうっとりと恍惚に染まっている。おかしい。絶対におかしい、とアーディは思うのだが、顔がよければよいように受け取られるのが世の常なのか――。


 しかし、結局のところ、このエーベルは何者なのだろう。学園に入学しているわけだから、家柄は確かなはずだが。アーディは皆のように楽観的に王子だなどと思わない。こんな王子は嫌だ。国が傾く。


 そういえば、上級生のレノーレという女生徒、彼女は何かを知っている風だった。彼女に訊ねるのが手っ取り早いのかも知れない。

 ただ、他人のことを詮索するのは本来趣味ではない。エーベルがどんな出自の人間であろうとも、それを知ったところでエーベルが変なことに変わりはないのだ。わざわざレノーレを訪ねてまで問うことでもないような気になった。


 図書館でアーディはエーベルの相手をするのに疲れ果てた。ただ、そんなアーディのことをどれだけの生徒が羨んでいたのかなど、アーディにはどうでもよいことであった。その中の視線のいくつかに、不穏なものが混じっていたとしても、あまりの視線の多さに結局は気づけないのである。


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