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〈9〉おかしい

「こんにちは、アーディ。ピペルも」


 にこやかに、ナチュラルに一人飛ばした。けれどピペルはお構いなしにはしゃいでいる。


「レノしゃん! 今日もとーってもキレイですにゃー」

「あらありがとう。ピペルもとっても可愛いわ」


 ガレットを分けてやったアーディのことよりも、通りすがりのレノーレをべた褒めする。この猫モドキは主人によく似て薄情だ。

 けれど、その主は何故か、いつもなら食ってかかるはずのレノーレに対して無言だった。薄気味悪いことに何も言わない。ただじぃっとその顔を見ている。見つめているという麗しい表現が似合わない、ガンつけである。

 しかし、レノーレは無視した。


「アーディ、ガレットにしたの? ここのガレット美味しいわよね」

「美味しいですにゃん! レノしゃんとボク、好みが合いますにゃ!!」


 お前には言ってない、と突っ込みたいがアーディは無言でガレットを頬張った。食べたことがなかったので返事のしようがなかったのである。


「うん、美味うまいな」

「あたしも明日はそれにしようかしら」


 なんてことを言いつつレノーレは微笑んでアーディの隣の席に座り込んだ。そこで優雅に手を組むと、レノーレはぽつりとアーディに問う。


「ねえ、最近変わったこととかなかった?」


 唐突におかしなことを言う。アーディは目を瞬かせた。


「ない」


 そうとしか答えようがなかった。ないはずである。

 レノーレはその返答にほっとした様子だった。


「そう、それならいいの」


 でもね、とレノーレは顔を曇らせた。アーディの肩に手を置き、耳に口元が触れるほど近づいて、レノーレはつぶやく。


「気をつけてね」


 気をつけろと。一体何に。

 レノーレはそのたったひと言を誰にも聞かれたくなかったように思う。アーディが驚いて眉根を寄せると、レノーレは今の瞬間をなかったことにするようにして朗らかに笑った。

 ただ、その時もエーベルはレノーレをじっと見ていた。食事はあまり進んでいない。思ったほどに紫色をしていなかったナスビはエーベルの食欲をそそらなかったのも事実である。


「じゃ、あたしはこれで」


 レノーレはそれだけ言うと席を立った。その背中に目を向けつつ、エーベルは使い魔を呼ぶ。


「ピペル」

「はいですにゃ」

「これ、食べとけ」


 食べかけのパスタとサラダをピペルに押しやった。ピペルが食べきれる量ではない。にゃー! と悲鳴が上がったけれど、エーベルはお構いなしでレノーレの後を追って行った。


「……エーベルのヤツ、どうしたんだ?」


 レノーレに自分から近づくことは、今までのエーベルにはあまりなかった。もしかすると、後夜祭で男子生徒に絡まれていたりしたレノーレを見て、少し不安になったのだろうか。そんな普通の感情がエーベルにあるものだとすれば。


 でも、今日のレノーレは少し様子がおかしかった。だから、何かがあったのかも知れない。

 アーディも行くべきかも知れないけれど、まずはこのテーブルの上の料理を平らげるのが先決である。どんなに満腹でも、食べ物は粗末にしてはいけない。そのところ、厳しくしつけられたアーディである。

 目を回しそうなピペルの皿から適当にパスタを取り、アーディはそれを食べ始めた。思ったよりは美味しかった。惜しむらくはパスタが伸びてしまっていることだろうか。


「アーディ、エーベル君どうしたの?」


 ヴィルが駆け寄って来た。女友達と食事は済ませたのだろう。そこでエーベルがアーディたちをおいてレノーレの後を追ったのをどこかから見ていたようだ。


「さあ」


 本当に、さあとしか言えない。それは口が忙しいからではない。


「レノしゃん、最近変わったことはないかって言ってましたにゃー」

「変わったこと?」


 ヴィルは小首をかしげた。そんなことを突然言われても、アーディ同様に困るだけだ。

 そう思った。けれど、ヴィルはあ、と声を漏らした。


「ん?」


 アーディはラザニアを頬張りながら立ち尽くしているヴィルを見上げると、ヴィルは困ったようにつぶやいた。


「そういえば、エーベル君をすごく観察してるっぽい用務員さんがいたの」

「用務員?」


 飲み込んでからアーディがつぶやくと、ヴィルは大きくうなずいた。


「えっとね、年齢は二十代前半くらいで、背は高くなかったと思う。太ってもないけど細くもなくて、髪の色は――そう、アーディに似てたかも」


 その瞬間に、アーディは飲みかけた水を吹き出しそうになった。ゲホ、ゲホ、と盛大にむせるアーディに、ヴィルの方が慌てた。


「や、アーディ、大丈夫?」


 責任を感じたのか、ヴィルが優しく背中をさすってくれるけれど、アーディはそれどころではなかった。

 まさかな、まさか――。

 その疑惑を脳裏から吹き飛ばすのに忙しかった。



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