〈7〉協力してくれたら
そんな夢物語で昨今の女生徒が釣れると思う辺りが片腹痛い。
レノーレはひどく冷めた心境で、けれどこの剣呑な青年の企みを知りたいと思った。だから話に乗ったように振る舞うことにした。
「それはまた、夢のあるお話ですね。それで、私に何をしろと仰るんですか?」
ゆっくり笑ってみせた。青年は特に疑った様子もなく満足げにうなずくと、男性にしては少し高めの声で言う。
「君が話のわかる子で助かるよ。僕は、とある生徒の情報が欲しいんだ」
「とある? どこのどなたですか?」
そう訊ね返したものの、十中八九エーベルを監視しろと言うのだろう。
すると、青年は隙間風が漏れる音のような笑い声を立てた。レノーレはその不快さに顔をしかめずにいるだけで精一杯である。
「一年生だ。クラス・フェオの」
やっぱりだ、とレノーレは確信した。けれど、その先に続いた言葉は予想を大きく裏切った。
「きっと、あまり目立たないようにしていると思うから、君はよく知らないかも知れない。あのすごく派手な顔立ちの金髪の子と仲良くしている、そう言うとわかるかな? ……あの金髪少年のカンは野性的だね。僕がどこから見てても、すぐに気づいて目を向ける。おかげで僕はなかなか近くに行けないよ」
「それは……」
「アーディ=バーゼルト。彼のことを僕に報告してほしい。どんな些細なことでもね」
その名に、心音が狂ったように鳴り響いた。
アーディ=バーゼルト。
何故この怪しい青年がアーディにそれほどこだわるのか。アーディはバーゼルト伯の次男であり、特別目をつけられるような問題はないはずなのだ。
彼の言動から、むしろエーベルの素性は知られていないように思う。あの目立つエーベルが、まるでアーディの付属品のようだ。これは一体どういう事情なのだろうか。レノーレはアーディとは親しいと漏らすことなく、まずこの青年を探ることにした。
「……どうしてその生徒を探るんですか?」
当たり前のはずの質問に、青年はかすかに眉を顰めた。
「どうして? それを語るのは、君が僕に協力してくれたらだ」
「……じゃああなたのお名前を教えて下さい。そうじゃないと信用できません」
そう、この青年は未だに名乗ろうとしないのだ。名乗りたくないからレノーレの名も問わないのではないだろうか。
「名前は次に会った時に教えるよ。明日の昼休み、もう一度ここへ来てくれるね? 情報をひとつふたつ手土産にしてきてくれると助かるんだけど」
「……」
どうしたものか。突っぱねることもできなくはないけれど、彼にアーディが関わって来るのだとするのなら、その理由が知りたい。危険があるのなら、アーディに知らせてあげたいと思う。
「わかりました」
レノーレは長い髪をふわりと揺らしてうなずいた。
それを青年はまた満足げに受け取った。レノーレはサッと踵を返す。けれど背中に意識は集中したままでいた。あまり背を向けたい相手ではない。
アーディ――。
目立つことが嫌いで、でも困っている人間は放っておけない、男気のある男の子。
エーベルが珍しく尊重し、懐いた相手。
けれど、あのエーベルがあんなにも他人を気に入るということは、とても特殊なことではないだろうか。今まで、他人にあれほどの執着を見せたことなどない。
誰もがエーベルの素性を知ると、進んで関わろうとしなかったせいでもある。
アーディはエーベルの素性を知っても、何ひとつ変わることがなかった。ヴィルもそうだけれど、あれはまず、アーディが揺るがずにいたからこそ、それに続いていられるのだという気がする。
疑ってみたことはなかったけれど、アーディは目立つまいとしている割に人を寄せつける何かがある。
それが一体何なのかはわからないけれど、レノーレ自身もそうしたアーディに惹かれているのだ。
冷静になって考えてみると、アーディにもエーベルと同じくらいには秘密があるのかも知れない。
「……なんてね」
自分の考えにレノーレは苦笑しつつ自室へと戻った。
どんな秘密も、エーベルに比べたら可愛いものだろう。
さあ、まずは明日の放課後までにこの問題をどうするべきだろう。