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〈3〉愚痴を聞きつつ

 学園祭も終わってひと月。

 その間、アーディたちはこれといって変わりのない毎日を過ごしていた。テストは相変わらずエーベルが首位。アーディは二位。フィデリオが三位。

 アーディが二位なのはアーディの実力なのだが、周囲からはエーベルのそばにいると成績がアップするご利益があるとされた。そんなものは断じてない。


 ちなみに、ヴィルは九位だった。一桁に乗れたのだからがんばった方だ。苦手な魔術学もコツコツと積み重ねて徐々に成績も上がって来ている。

 ヴィルは学園祭の演劇で主役を演じきったり、このところ何かと意欲的だ。がんばりが負担にならないか心配ではあるものの、このところは無駄な力も抜けて来たように思う。


 テスト期間がようやく終わり、くつろいだ夜を過ごせそうだと思った矢先のこと。星が夜空にチラホラと瞬く頃、アーディの自室の窓に黒い影がへばりついていた。開けたくない。すごく開けたくないけれど、開けないとうるさい。


 アーディはしぶしぶ両開きの窓を開いた。そうしたら、中に黒猫らしきものがなだれ込んで来た。黒い蝙蝠のような羽でわさわさと飛ぶと、ベッドの上に無断で着地し、そうして羽を背中のどこかにしまい込んだ。かと思うと、ベッドの上に肉球を叩きつけながら大騒ぎだ。


「毎日毎日、どうしたらあんなにも部屋を汚せるんかワシ、さっぱりわかりゃせんわぃ!!」


 愚痴をこぼしに来た黒猫に、アーディの憩いのひと時は潰されるようだ。ため息をつきつつアーディもベッドに腰かけた。


「お前がいるからエーベルは安心して部屋を汚すんだろ」


 この黒猫、エーベルの使い魔で名をピペルという。外見は可愛らしい黒猫なのだが、中身はジジ臭い。みんなの前では猫を被っているけれど、アーディはそこに胸キュンしてくれないのをわかっているので、ピペルも可愛い子振るつもりがないらしい。


「かー!! おらん時でも汚しとっただろうがぁ!! 出したらそのまま! 脱いだらそのまま!!」

「……お前も大変だな」


 多分きっと、そのひと言がほしかったのだろう。いくら立場上逆らえないとはいえ、やって当たり前だと思われるのは嫌なのだ。感謝や労いの言葉を言えないと、奥さんに愛想を尽かされるかも知れないとどこかで聞いた気もする。

 ピペルは大きな瞳を一度だけうるりと滲ませた。けれど、相手がアーディなので飛びつきたい気持ちにはならなかったらしい。ヴィルやレノーレなら間違いなくやったと思う。


「おぬし、エーベル様にちと言ってくれんかの。後片づけもできないようなヤツは僕の親友に相応しくないとかなんとか。のう?」

「……」


 そんなの、効果があるわけない。

 大体そんな自意識過剰なセリフ、言えると思うのか。言えるのはエーベルくらいだ。

 ピペルは深々と嘆息した。


「なんてのぅ。どんなマイナスの発言もプラスに受け取る才能があるのでな、エーベル様には何を言っても通用せんのはようわかっとる」


 羨ましいばかりの才能だが、見習いたくないのは何故だろう。


「エーベルが片づけをするようになるのと卒業するのはどっちが先だろうな」


 わかりきったことを、ついつぶやいてしまった。ピペルが嫌な顔をした。


「まったく。おぬしとて貴族の端切れだと言うに、自分の身の回りのことは自分でようやっとる。それがエーベル様と来たら……」

「……」


 貴族の端切れというか、王族のど真ん中である。けれど、そんなことは言えない。

 とりあえずピペルの愚痴につき合っておく。ピペルも吐き出しきったら納得して出て行くだろうとアーディは聞き手に回っていた。ピペルはよく舌が回るなと感心してしまうほどに不満を撒き散らかしていたかと思うと、不意にピタリと言葉を切った。

 エーベルがピペルを探しているとか、嫌な予感でもしたのだろうか。


「どうした?」


 そう声をかけると、ピペルは急にじぃっとアーディを見上げた。

 おかしい。この黒猫モドキ、男には興味がないはずだ。

 すると、ピペルはふぅむと唸った。


「そういえばおぬし、出はグライフ領のバーゼルト家だったの?」

「ん?」

「グライフ領といえばチーズが美味うまい。あそこのレッドチェダーは絶品だ。ワシ、行商人が持って来たら必ず買うようにエーベル様に頼んでおった」


 さすが家政夫。詳しい。

 しかし、感心している場合ではなかった。


「おぬし、あそこの領主の息子よな? 他に特産品で美味いものはあるのかの?」


 これは――嫌な流れだ。

 特産品なんて知らない。チーズの種類も知らない。多分食べているけれど、区別がつかない。レッドチェダーって、どんなチーズだ。

 ボロが出る。今、口を開いたら確実にボロが出る。

 ピペルはうにゃん、と急に猫らしい発言をした。


「そういえば以前もこの部屋に来た時に思うたが、おぬしの匂いは何か覚えのある匂いに似ておるような?」


 部屋――つまり、他の誰かの匂いと混ざらない、アーディだけのもの。

 長く生きているピペルはそれを一体何に結びつけるのか。

 アーディは急いでピペルの首根っこを吊るし上げ、窓から放り投げた。


「眠たくなった。僕はもう寝る」


 ピシャンと窓を閉めた。不平不満が黒猫からダダ漏れになったけれど、仕方がない。正体はエーベルにだけは知られたくない。

 何せアーディは、エーベルが天敵とする、自分のご先祖様から国を奪った(言いがかりだが)とされる王家の直系の子孫なのだから。


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