〈1〉押し問答
世界最古の歴史を誇る大国イグナーツ王国。広大なその国土に小国ほどの敷地をもってして造られた学園アンスール。
国を支える人材を育て上げるため、この学園には国から多額の援助がある。学園の重要性を思えばそれも不思議なことではない。
国の重鎮はほぼこの学園の出身者であることから、学園を優秀な成績で修業することこそが出世の絶対条件とされている。王城において役職に就く中で学園を卒業していない者といえば、まず国王、それから王太子、この両人のみである。こればかりは安全性を考えると仕方のないことなのだ。
本来であれば第二王位継承権を持つ第二王子も学園には通わずに英才教育を受けるはずであった。
ただ、この現国王――非常に大らかなのである。成人したら兄を助け、公務に励むべきところ、第二王子には協調性がなかった。どうしたものかと思っていたところ、兄が軽く提案した学園行きを弟王子が承諾したので本当に放り込んだのである。
当人、アーデルベルト=ゼーレ=イグナーツは、確かに協調性はないけれど、面倒くさい家族と距離を置けて実は少しだけ羽を伸ばしてもいるのだ。
ただし、面倒くさい家族以上に面倒くさいクラスメイトが一人だけいる。それが彼の最大の誤算であった。
エーベルハルト=シュレーゲル。
絹糸のような金髪をひとつに束ね、薄青い瞳は見る者を虜にする。類稀な美貌の少年である――のだけれど、彼の性質は至って自己中心的。奇声を発して笑う、奇行に出る、とにかく変なのだ。それなのに、魔術の才能だけは人一倍。先祖は大魔術師ツヴィーベルだというのだから、それもうなずけないこともない。その先祖が悪の大魔術師でさえなければ問題はなかったのだが、残念なことに伝説によれば悪そのものである。
とはいえ、その子孫エーベルは面白い、楽しいがすべてなのである。今が楽しければ先祖のように世界征服など手がけようとも思わないようだ。
今現在、彼は学園生活を満喫しており、十分に楽しいらしい。そこに第二王子のアーディが巻き込まれているわけなのだが、事情を知る一部の大人たちは彼らの友情を生あたたかく見守るばかりである。
エーベルとのつき合いもまた、アーディにとって今後の糧となる――のかも知れないのだから。
そうして、アーディと親しいと周囲に認識されている生徒がもう一人。
ヴィルフリーデ=グリュンタール。
一見少年にも見える線の細い少女である。どちらかといえば控えめな性質ながらに努力家で、けれどがんばりが時に痛々しくも感じられる。だからこそアーディも放ってはおけなくなって世話を焼くのだが、周囲に世話を焼かれるばかりだった王子のアーディが誰かの世話を焼くことになったのも成長と言えなくはない。
仏頂面ながらに優しさを見せるのだから、ほんのりと恋心など抱かれるのもまた青春である。
学園でも指折りの美少女レノーレ=ティファートもアーディの気質を気に入り、好意を寄せてくれているのだが、当のアーディはあまり難しく考えることもなく日々を過ごしている。
とにかく、学園を卒業すること。
それがアーディの目標なのである。
平坦な日々を望むものの、どうしても事件に巻き込まれてしまうのはエーベルのせいだとアーディは思っている。けれど、実際のところ、そうした厄介ごとを引き寄せているのは、もしかするとアーディの方なのではないだろうかと担任のディルク先生辺りは密かに思っているのだけれど、口には出さない。
目立たない、をモットーに掲げるアーディは今日も真面目に学園生活を送るのであった。
☆
「――というわけで許可を頂きたい」
その青年は学園長に学園の入り口にて、遠距離会話を可能にする水晶玉に向かってそう言った。
「それは、許可をしてしまっては示しがつかないのでいけないね」
学園長の穏やかな声がやんわりと断りを示す。けれど、青年はしつこかった。
「僕の身元が確かなのは学園長もご存知でしょう? 卒業生が学び舎に足を運んだだけのことですよ。何がいけないんです?」
「君はのんびりと感傷に浸るためにわざわざやって来たわけではないだろうに。お怒りを買うだけだからやめておきなさい」
「そんなのいけません。僕は頼まれて来たんです。くれぐれもあの方をよろしくと僕は頼まれているんです」
「……」
水晶玉に向け、学園長は深々と嘆息した。
「接触は避けて、速やかに帰ること。いいね?」
「はい!!」
――などというやり取りが、当の本人の知らないところで交わされていた。
この青年のしつこさは、学園長も残念なことによくわかっている。