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〈6〉王子の噂

 噂というのはいい加減で、けれど火のないところに煙は立たないとも言う――。

 その噂が密やかにささやかれ出したのは、入学式を終えてまだ十日と経たない頃だった。


「なあ、聞いたか?」

「何を?」

「なんかさ、学園の新入生の中にこの国の王子がいるかも知れないんだって」

「王子ぃ?」

「……」

「……」

「もしかして、あの人?」

「……多分な。古い家柄だって言ってたよな?」

「そっか、だからあんなに優秀で高貴な顔立ちなんだなぁ」


 なんて話をそこかしこで聞いたアーディはげんなりした。

 噂って無責任だな、と。『あの人』というのは、十中八九エーベルだろう。強大な魔力を持ち、並外れた美貌を備えている、明らかに特別な存在。その奇行さえ正当な理由がついてしまうのだ。


 けれど、考えてもみてほしい。

 あれが王子だとして、世継ぎでないにしても国に大きく関わるとしたら――国が傾きそうだ。本当にそれでいいのか、と。

 噂というのはそこから勝手に一人歩きしてしまう。背びれ尾びれたっぷりつけて。



「アーディ、アーディ、来週にはテストとやらがあるらしいゾ」


 などと、噂の当人は上機嫌でそんなことを言う。そのままアーディのそばの机にドカリと座り込んだ。放課後のこの時、アーディはまたしても上手く行かなかった魔術の授業のおさらいをヴィルにしてやっていた。アーディはエーベルに顔を向けず、


「だから、ここの式は初手でつまずいてるから術が発動しないんだ」


 と、ノートの端をトントン、と叩く。ヴィルは可愛らしい顔でうぅんと唸った。


「でも、この式を扱う魔力が私には足りていないせいかも……」

「そうじゃない。苦手意識があるからそう思い込むんだ。これくらい、もっと小さな子でもできる」


 はっきりと言うと、ヴィルはしょんぼりとしながらも指先に魔力を集め、魔術を発動させるための式を描く。本当に初級の魔術なのだ。ノートのページをめくるくらいの風を起こすだけの。


「アーディはやたらとこのちびっ子に構うなぁ?」


 無視されて面白くないエーベルはそんなことを言う。確かにヴィルの背は低いけれど、そんなものは大した問題じゃない。アーディはぎろりとエーベルを睨んだ。


「気が散るから黙ってろ」

「フハハ、そんな程度の魔術、ボクなら二歳の頃には使えたゾ」

「だ・ま・って・ろ」


 今度はエーベルがしょんぼりしたけれど、うるさいからそれくらいが丁度いい。他の生徒が寄って来てはエーベルを慰め出した。あいつ、態度悪いですよね! あんなの放っておきましょうよ! 僕たちとテスト勉強しませんか! ――などなど。

 エーベルはぷぅっと頬を膨らませた。


「アーディとじゃないとヤダ」


 皆がショックを受けて下がった。アーディはイライラしつつ聞かなかったことにする。

 何を懐くのか知らないけれど、いい迷惑だ。ヤーダ、とまだごねているエーベルを、アーディはなるべく視界に入れないように努めた。


「い、いいよ、この先は先生に聞いてがんばるから」


 ヴィルの方が気を遣ってそんなことを言う。


「後少しだろ。いいから」


 ちらりとエーベルを見遣りながらヴィルは魔術を展開する。早くしなければと焦っているようにも見えたけれど、失敗したくないという思いも強かったのか、なんとかそよ風を起こすことができた。ヴィルはほっと胸を撫で下ろす。


「よかった」

「うん、がんばったな」


 そう言って、アーディは立ち上がった。


「今日もありがとう」


 ヴィルは柔らかく笑って言った。アーディが、ん、と軽く返事をして教室を出るとエーベルがすかさずくっついて来た。


「終わったんだな? よし、今からはボクにつき合ってよ」

「なんで?」

「友達だから。友達は一緒にテスト勉強をするらしい」

「……」


 絶対零度の呆れ顔にもエーベルは怯まない。


「さ、行こう行こう」


 と、アーディの腕を引っ張って歩く。


「お前、性格はともかく成績は悪くないだろ? わからないところなんてないじゃないか」

「ないけど。ないと勉強しちゃいけないのか?」

「……」


 ご機嫌である。


「しっかし、なんであのちびっ子には勉強を教えてあげるんだ? 他の生徒には全然構わないのにさ」


 なんでと問われるとよくわからない。がんばろうとしているのが伝わるのに、駄目だと恐れているような気がしてもどかしいとでも言うべきか。


「……入学してすぐにつまずいたら後々大変だろ」


 エーベルはふぅぅぅんと嫌な声を上げた。そしてそのままアーディは図書室に引っ張って行かれた。

 お前こそ、なんで僕に構うんだと言いたいアーディだった。


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