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〈11〉本番

 ヴィルが舞台袖に現れた時、クラスメイトが皆ざわめいたのも無理はない。廊下を歩いても、いつもならエーベルにしか目が行かないはずが、今日はヴィルのこともチラチラと見ている生徒が多かった。


「ん? クラス長、髪の毛が長いけど、カツラ?」


 薄暗い舞台袖でディルク先生がそんなことを言っている。ヴィルは説明できないのだろう、うなずいていた。


「はい。化粧とカツラです」

「そうかぁ。大人びて見えるよ。女の子は変わるねぇ」


 ほのぼのとそう返した先生は純朴だ。アーディは一番経費がかかっていない白い布を巻いただけの姿でため息をついた。

 舞台袖で役者たちが控えている中、大きな拍手が沸き起こった。皆の顔がキュッと引き締まる。エーベルだけは変化がないけれど。


 朗々とナレーションの声が漂って来る。最初のシーンは王様から。その次に姫だから、ヴィルの出番はすぐだ。

 ヴィルは大きく息をつくと幕の裏側へと移動して行った。その背中をアーディは応援の意味を込めて見守った。



 幕が開く。最初のシーンだ。

 王様役のでっかいのが大臣役のちっさいのを前に悩ましげにため息をつく。ガタイがいいから王様役も貫禄があっていいだろうとされたけれど、衣装係がその人選は無駄の極みだと嘆いた。王様の上質な布が人より多くいるのだ。


「姫の呪いを解く方法はまだ見つからんのか? 姫はもう十九になった。残された時は少ない」

「我々も手を尽くしているのですが、あの魔法使いの呪いは強力です」

「ううむ、どうしたらよいのだろう」


 そんな簡単なやり取りの後、幕が一旦下り、セットは早変わり。主役のヴィルの出番だ。アーディは舞台袖で精一杯応援した。

 幕が開き、ドレスで湖のほとりに座るヴィルに観客がざわめく。それでもヴィルはいつもとは別人のように落ち着いていた。


「白鳥の翼があるから、わたくしはこうして外を自由に飛び回ることができるのだわ。ただのお姫様だったら、外の世界を知らないままだったもの。白鳥になるのも悪いことばかりではないわね」


 透明感のある声だ。ヴィルの声はいつもこうだったけれど、普段はおずおずと喋るから、こんな風にしっかりとは聞き取れない。


「あら、そこにいるのは誰?」


 長い銀髪がサラリと滑る。振り向いたヴィルの視線の先には――狩人がいる。

 帽子を目深に被り、顔が見えないのもエーベルナリの演出なのだろう。そのエーベルが帽子を優雅に脱いだその瞬間、舞台が割れんばかりの歓声に包まれた。嬌声と言った方がいいだろうか。どちらにしろうるさいということだ。

 エーベルはその声が切れるのを待ってからセリフを口にする。


「私はこの辺りで狩りをしている猟師です。あなたはどなたですか?」

「わたくしは道に迷ってしまったのです。あなたの領域に踏み入ってしまったのはわざとではありません。どうぞお許し下さい」

「咎めているのではありません。どうか、あなたのお名前を教えて下さいませんか」


 何十回と聞いたセリフだ。アーディには聞き飽きたものでも、観客にはそうではない。

 息を飲んで二人のやり取りを見守っていた。


 アーディは自分の出番が近づくから顔面蒼白になっていたのだと思う。ガチガチのアーディのそばに、気づいたらディルク先生がいた。先生の役割は、魔術で白鳥のホログラムを出すことである。先生は舞台袖のアーディの隣に立つと、誰にも聞こえないようにそっとささやくのだった。


「殿下、あんなにも一生懸命に練習を重ねられたではありませんか。大丈夫、練習は殿下の自信になるはずです。ご自身のためだけではなく、がんばったみんなのために、もうひとがんばりお願いしますね」


 がんばったみんなのため。ヴィルやエーベルもがんばったのだから、それを台無しにしてはいけない。

 アーディはウィンクしてみせたディルク先生にこくりとうなずいた。

 先生の描く魔法陣が白鳥を舞台の上で羽ばたかせた。それをエーベルがオモチャの弓で射るのである。

 クライマックスだ。エーベルは白鳥が消えた後に倒れているヴィルを抱き起こす。


「姫の正体が白鳥であったなんて。ああ、神様、どうか私の罪をお裁き下さい。彼女のためになるというのなら、この命は喜んで差し出しましょう」


 ――出番だ。ディルク先生がぽん、と背中を叩いて送り出してくれた。ご丁寧にスモークが漂う。

 アーディは心臓が口から飛び出しそうだった。けれど、死んだフリを続けるヴィルを間近で目にすると、絶対に失敗なんてできないという気になった。恥ずかしいとか、そういうことを言っている自分の方が恥ずかしい。イメージするのは父の姿だ。一応国で一番偉いのだから神様役の手本にはなるはずだ。


 アーディはすぅっと息を吸った。大丈夫。観客の視線はエーベルとヴィルに釘づけだ。それに、恥ずかしいセリフも恥ずかしくなく言える場の雰囲気がちゃんとできているから。


「おお、なんと心の清い恋人たちだろうか。愛する二人が引き裂かれるなど、あってはならぬことだ。お前たちはこの欲にまみれた地上を捨て、私のそばに来るがよい。そこで永久の愛を誓いなさい」


 そうして手にした杖を振る。

 にこやかではないけれど、偉そうには言えたと思う。セリフが聞こえないこともないと思う。後はもう、偉そうに突っ立っているだけでいい。効果音と光が魔術で入り混じる。


「――私は一体? そうだ、姫は!」


 エーベルの声にヴィルが目を覚ます。そうして起き上がった。二人は見つめ合う。


「わたくしは王女、彼は狩人、俗世では結ばれるはずのない二人です。天上でこうして幸せに暮らせるのは神様のおかげ。感謝致します」

「ああ、姫、あなたとこうしていられるとは、まるで夢のようです」

「わたくしも――」


 フィナーレが近づく。ナレーションの声がした。


「――こうして姫と狩人は神様に護られながらその御許で幸せに暮らしましたとさ。おしまいおしまい」


 幕が、下りる。下りた瞬間、アーディは深々と嘆息した。疲れた。心底疲れた。テストより何より疲れた。

 でも、終わってしまえば確かに達成感がある。ヴィルとエーベルが薄暗がりの中、アーディのことをじっと見ていた。


「アーディ、今までで一番よかったゾ」


 にゃは、とエーベルがさっきまでの悲愴な表情をどこかに置き忘れて明るく笑った。アーディはそれに珍しく笑い返したい気持ちだった。そんな二人をヴィルも微笑んで見守っていた。

 

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