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〈8〉開催

 学園祭。

 一年生は演劇。

 二年生は喫茶コーナー。

 三年生は売店。

 四年生の出し物は自由。

 ――とのことだ。ちなみに二日間ある。


 朝っぱらから開催の花火が上がった。あの花火は魔術であるから、朝の空にもよく映える金色の光だった。

 ホールに全生徒が集められ、学園長が皆に挨拶をする。思えばこうして全生徒の前に学園長が出て来るのは入学式以来だ。あれから半年近くが経過しようとしている。卒業まで後三年と半年。――長い。

 アーディはそんなことを考えながら学園長の話に耳を傾けた。


「皆さん、今日は学園祭です。残念ながら今年からご家族の入場は禁止となりましたが、それでも精一杯楽しんで思い出を作り上げて下さいね。堅苦しい話はなしにしましょう。今年の学園祭の成功を祈ってます」


 皆が拍手をする。アーディもパチパチと手を叩いた。そうしてなんとなくエーベルを見遣ると、エーベルはご機嫌に笑っていた。多分、祭は好きなたちだと思う。ハメを外しすぎないといいのだが。



 そうして一度クラスに戻る。ディルク先生は教卓にてん、と手をついた。


「さあ、泣いても笑っても本番は一度きりだ。練習の成果を出しきってがんばろう!」


 思った以上に暑苦しさのある先生だった。熱血は悪いことではない。アーディが乗れないだけで。

 実際、クラスのみんなは、はい! と元気よく返事をしている。


「さて。演劇は昼からだから、午前中は自由行動だ。ただし、劇の役者の子は衣装とか準備があるからね。早めに戻って来るんだよ」


 あの白い布っきれを巻きつけられるだけのアーディもそれに当てはまるのだろうか。ヴィルはドレスだから少し大変かも知れない。

 エーベルも多少はゆとりを持った方がいいだろう。

 しかし、エーベルは解散になった途端にビュンとアーディのもとへやって来た。


「アーディ、アーディ、一緒に回ろー!」


 と、嬉しそうにはしゃいでいる。思えば、レノーレやピペルの話によるとエーベルは学園に来る前は割と孤独に過ごしていたのだ。こうした賑やかな場は珍しいのだろう。


「ん」


 この間の不用意な自分の発言を反省するからか、エーベルが近頃がんばっていると思うからか、アーディは素直にうなずいた。エーベルはニコニコである。

 ピペルはテテテと、緊張の面持ちのヴィルのところへ向かった。そこから猫っかぶりに小首をかしげて席に着いているヴィルを見上げる。


「ヴィルしゃん、ヴィルしゃんもエーベル様たちと一緒に回りますにゃ? ヴィルしゃんも一緒の方が嬉しいですにゃん」


 精一杯可愛く言った。

 あれはどう考えても、ヤロー二人のお供なんてまっぴらごめんだわい、とかそんな理由で誘っている。

 けれど、ヴィルはひどく緊張している様子で軽く首を振った。


「せっかく誘ってくれたのにごめんね。私、セリフを最後まで確認しておきたいの。着替えにも時間がかかると思うし」

「そ、そうですかにゃー。あ、それならボクも一緒に残ってお手伝いしますにゃ?」


 がっかりしたかと思ったら、急にピペルが張りきった。

 手伝い? セリフ合わせの? ――いや、着替えの方か。

 そこに気づいたアーディはすぐさまピペルを回収に行った。黒猫の首のリボンを乱暴に吊るすと、ピペルはにゃんにゃん抗議して暴れた。しかし、すぐにエーベルの方に投げてやったら静かになった。


「ヴィル、終わったらゆっくり回れるから、それでもいいと思うぞ。昼メシ、売店で何か買って来ようか?」

「ううん、それくらいなら自分で用意するから。ありがとう。楽しんで来てね」


 と、ヴィルはそっと笑った。

 アーディも緊張していないわけではないけれど、特訓の甲斐あって多少はマシになった。多分。


「そうか。じゃあ、後でな」


 そう言って振り返ると、エーベルがピペルを玉のように丸めて両腕を端から端まで転がしていた。――あまり深く考えるべきところではない。気にしないことにした。


「さー、行こう行こう」


 エーベルがご機嫌でピペルを放った後にアーディの背中を押した。押されるまま、アーディは教室を出る。

 その体勢のまましばらく歩くと、廊下でフィデリオに出くわした。爽やかに、やあと片手を上げた。


「今日はクラス・フェオの番だけれど、明日はうちのクラスだ。正々堂々がんばろう」


 フィデリオのクラスの演目はなんだったか。多分『英雄記』ではなかったと思う。あれをエーベルの前でやったらひどいことになりそうだから、許可は下りないだろう。


「ヴィルフリーデ君はがんばりすぎるから、プレッシャーに押し潰されないか心配だね。でも、きっと姫の役は似合ってるだろうな」


 そんなことを言った。フィデリオは学年リーダーで、クラス長のヴィルの世話を焼くこともある。みんなに気を配るのが仕事なのだ。

 なのだけれど、なんとなく嫌な気分になったのは何故だろう。ざわ、と胸のうちが騒いだ。

 アーディはフィデリオに答える前に体を横にずらした。アーディの背に隠れるようにしていたエーベルが少しよろけて前に出た。


「シュ、シュレーゲル君」

「ん?」


 ああ、デコッパチだとフィデリオを見上げたエーベルの目が語っていた。

 その額になんとなく手を当て、フィデリオはため息をつくと、


「それじゃあ!」


 とまた片手を上げて颯爽と去った。エーベルはふわん? と意味不明の発言をした。


「デコパ、どうしたんだ?」

「……」


 フィデリオにそんなあだ名をつけるのはお前くらいだと思ったアーディだった。

 

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