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〈5〉練習

 アーディは台本に穴が開くほど、自分のセリフを眺めて一晩を過ごした。セリフを覚えるのは容易い。けれど、口にするのはひどく難しい。こっぱずかしいと拒絶反応が出る。もういっそ、自分は口パクで、衣装の中にピペルを仕込んで喋らせたいくらいだ。


 しかし、一度引き受けた以上はやり遂げなくてはならないだろう。

 放課後の練習が憂鬱だった。それでも無情に放課後はやって来る。


 エーベルはと言うと、台本を一度読んだら内容は頭に入ったらしい。他の皆が台本を持っていてもエーベルは手ぶらである。机を下げて広げた教室の床の上にふんぞり返っている。

 ヴィルは緊張している風だった。主役ともなれば当然だろう。


「はい、みんな。練習を始めるよ。今日は朗読からにしようか。動きをつけるのは明日からだ」


 と、ディルク先生が皆の前に座り込んで言った。

 ヴィルが大きくうなずく。エーベルは適当な返事をした。

 アーディはそれからというもの、心であのセリフを呪文のように唱え続けた。


「じゃあ、まずはナレーションから」


 ナレーションは女子の役目だった。落ち着いた声が発せられる


「――小さくも豊かな森の国。その国の王様には、まだ幼いけれど、それはそれは美しい姫がおりました。成長すれば誰よりも美しく光り輝くようになると、国の外からも噂されるほどでした。醜い魔法使いはそんなお姫様を妬み、嫌い、ついには呪いをかけてしまいました。お姫様は十二歳。お姫様の年齢と同じ時間、お姫様は白鳥の姿になってしまうのです。一日は二十四時間、つまり二十四歳を越えた時、お姫様は完全な白鳥になって、二度と人間には戻れないのだと言います。さあ、呪われたお姫様の運命やいかに――」


 その女子は長いナレーションの文句を一気に、けれど滑らかに朗読した。上手だった。

 台本によるとそこから幕が上がる。最初は王様のシーンからだ。


「姫の呪いを解く方法はまだ見つからんのか? 姫はもう十九になった。残された時は少ない」

「我々も手を尽くしているのですが、あの魔法使いの呪いは強力です」

「ううむ、どうしたらよいのだろう」


 大臣と話す王様のシーンから一転、無邪気な姫が水辺で遊ぶ。


「白鳥の翼があるから、わたくしはこうして外を自由に飛び回ることができるのだわ。ただのお姫様だったら、外の世界を知らないままだったもの。白鳥になるのも悪いことばかりではないわね」


 ヴィルは頬をほんのりと染めながら、それでも一生懸命にセリフを口にする。アーディは何かヴィルの父親にでもなったような気分で、心の中でひっそりと応援してしまった。上手とは言えないかも知れないけれど、まだこれからだ。もっと滑らかに言えるようになるはずだ。


「あら、そこにいるのは誰?」


 茂みがカサリと揺れる――らしい。そこから顔を覗かせたのは、身なりがよいとは言えないけれど、優しげな青年であった――んだと。


「私はこの辺りで狩りをしている猟師です。あなたはどなたですか?」


 狩人は姫の美しさに目を見張り、それだけを言うのがやっとだった――という、それがエーベルの口調から伝わった。台本を見ていないので、顔をまっすぐに上げたまま。情感たっぷりのその声は、普段、にゃししと笑い、アホな言動をくり返しているとは思えないような麗しさだった。


 みんながぽかんと口を開けてしまった。

 予想外に上手い。

 なんでだ? とアーディが一番驚いた。ピペルは一瞬、ケッという顔をした。

 多分、ヴィルもかなり驚いたのだろう。呆けてセリフを返すのを忘れていた。ハッと慌てて台本に視線を落す。


「わたくしは道に迷ってしまったのです。あなたの領域に踏み入ってしまったのはわざとではありません。どうぞお許し下さい」

「咎めているのではありません。どうか、あなたのお名前を教えて下さいませんか」


 ――二人のやり取りが続く。

 そうこうしているうちにアーディの出番が近づいて来るのだ。手に嫌な汗をかく。体がいつになく重かった。

 そして、終盤。


「――ああ、神様、どうか私の罪をお裁き下さい。彼女のためになるというのなら、この命は喜んで差し出しましょう」


 エーベルのセリフに、練習だというのに涙ぐむ生徒までいた。

 しかし、そんなことはどうでもいい。アーディの出番だ。チラ、チラ、とディルク先生とヴィルがアーディを見ていた。

 アーディは神様の出番にボソボソボソボソと聞こえない程度の声を出した。


「んん?」


 素のエーベルの声がする。聞こえないと言いたいのだろう。しかし、アーディは気づかないフリをした。

 ヴィルが慌ててセリフを言う。


「わたくしは王女、彼は狩人、俗世では結ばれるはずのない二人です。天上でこうして幸せに暮らせるのは神様のおかげ。感謝致します」

「ああ、姫、あなたとこうしていられるとは、まるで夢のようです」


 とかなんとか。

 アーディは眩暈がしそうだった。


 思えば、王族として常に人の視線にさらされて来たつもりだったが、よく考えてみると、注目を浴びていたのはいつも兄王子で、アーディはその後ろにいただけである。自分が――自分だけが注目されるという事態にまったく慣れていなかったことにようやく気づいた。上がり性はヴィルよりもアーディの方なのだ。

 これを克服するにはどうしたらいいのだろうか。

 

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