〈5〉アイドル?
アーディも家が厳しかった分、大抵のことは知っていたし、基礎能力も低くはない。どの授業も今のところはつまずくことなく受けることができている。
エーベルは他の授業も卒なくこなしているけれど、やはり魔術に関してはずば抜けた才能の持ち主らしい。あの美貌と相まって、そのことが周囲に畏敬の念を抱かせるようだ。性格は二の次だろうか。
ヴィルは逆で、他の授業では好成績を修めるけれど、魔術学だけはどうしても苦手らしい。だからアーディは魔術学の授業の時だけは妙にヴィルを気にしてしまう癖がついた。
そんな毎日の中、食事は食堂まで行って摂る。その日もそうだった。
エーベルはどうしてもアーディとしか共に食事を摂ろうとしない。友達だから一緒に食べると言い張る。迷惑な話だ。ヴィルは女友達が多く、彼女たちといつも食べている。中性的な顔立ちをしているから、女子たちも同性と同じように接するのかも知れない。
「――アーディ、君とは以前から知り合いだったような気がするよ」
もぐもぐと口を動かしながらエーベルはそんなことを言う。行儀が悪いというのに、誰もがうっとりとエーベルを眺めているからおかしな話だ。
「僕はいつまで経っても初対面のような気がする」
と、素っ気なく返す。けれど、そんなことでめげる相手ではない。
「にゃしし、アーディは照れ屋さんだなぁ」
「照れてない」
むしろ青ざめている。この二人の温度差も、周囲には仲良く見えたのだろうか。アーディはエーベルの容姿が有効に働かない数少ない人間であるのは間違いない。
ローストビーフサンドとコールスローを平らげ、アーディは席を立つ。エーベルもそれにくっついて来た。迷惑な話だ。
食堂を抜け、並ばないようにして廊下を歩くと、背後から甲高い女子の声に呼び止められた。
「待ちなさい!」
くるりと振り向くと、そこにいたのは長い柔らかそうなベージュの髪色をした女生徒だった。サイドの髪を少しだけすくい上げてリボンで止めている。短めのプリーツスカートとニーハイソックス。艶やかな薔薇色の頬。誰もが美人だと感じるだろう容姿――どこかで見たことがあると思い出した。入学式の時に新入生の案内をしてくれた女生徒だ。ピンの数字が二年生だと表している。
けれど今、彼女の目は苛立たしげだった。アーディはそんな目を向けられる覚えはない。そう思ったら、彼女の視線の行き場はエーベルの方だった。じゃあ自分には関係ない、とアーディが去ろうとした瞬間に、エーベルがアーディの腕にしがみついた。
「待てってさ」
「僕じゃないだろ」
「ボクでもないよ」
しれっとそんなことを言う。けれど、その女生徒はまっすぐにエーベルの方に歩み寄って来た。そうして、声を潜める。
「入学式にいなかったじゃない! よかった諦めたんだってほっとしてたのに、なんでいるのよ!」
どうやら、彼女はエーベルの知り合いらしい。けれど、エーベルは空っとぼけている。
「ねぼーしただけ。ボクにだって学園に通う権利はある」
「権利はあるってねぇ、あんた、自分のことよくわかってる?」
「天才美少年」
「何ひとつわかってない! このクソガキ」
と、女生徒は整った顔をしかめてエーベルの胸倉をガシガシと揺すった。外見に見合わずなかなかに逞しい。何気なく見ていたアーディの存在にようやく気づいたのか、彼女はハッとして手を放した。
「……あなたは? エーベルの下僕とか言わないでよ」
「通りすがりだ!」
「じゃあ、早く通りすがって」
お言葉に甘えようとするアーディの腕をエーベルが執拗に引っ張って止める。
「アーディはボクの友達なんだってば」
そのひと言に、彼女はとんでもなく嫌なものを見たというような顔をした。
「友達? アンタの? うっわー」
不吉としか言えないリアクションである。エーベルはぷぅ、と頬を膨らませた。
「どうしようとボクの勝手だろ、レノ」
彼女はレノと言うらしい。レノは更に顔をしかめた。
「面倒起こす前にさっさと家に帰りなさい。いい、わかった?」
そんな捨て台詞を残し、レノはぷりぷりと憤りながら去った。エーベルはというと、ハハハンと真顔で笑っていた。
そして、訊いてもないのに言う。
「えっと、あれはレノーレ=ティファートっていう、まあ幼なじみってヤツかなぁ」
「さっさと帰れって言ってたぞ」
すると、エーベルはにこりと微笑んだ。
「今までちやほやされてたのに、ボクみたいな美少年がいることで自分の人気が下がるから嫌なんじゃない?」
自分で言うなと言いたいけれど我慢した。どうせ言っても無駄だから。