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〈1〉学園祭

 世界の中心とも言える大国イグナーツ。その王国で最大の学び舎アンスール学園。

 数々の偉人を輩出したこの学び舎には今、イグナーツ王国の第二王子が身分を隠して在学していた。ただし彼は特別目立つ容姿ではなく、ごく普通の少年である。幼少期から英才教育を受けており、能力的には一般の生徒よりも秀でていると言えるけれど、普通の範疇のはずだ。


 ただ、彼自身目立つことが嫌いだというのに、どういうわけか彼は癖のある人間に好かれる性質であった。

 類稀な美貌を持つ少年、エーベルハルト=シュレーゲル。

 その容姿と才能から学園一注目を集める彼は、第二王子アーデルベルトを親友と定めてつきまとうのであった。


 目立ちたくない、なのに目立ってしまう。

 それは彼自身のせいではないと当人は思っているけれど――。



「はい、皆さん、来月はついに学園祭です。クラスの結束が試される時ですよ」


 麗らかな昼下がり、クラス・フェオの担任、ディルク=エッカート先生は教卓に手をついてそんなことを言った。イグナーツ王国第二王子、アーデルベルトはアーディ=バーゼルトという名で在学中である。最後尾の席で机に頬杖をつきながら考えた。

 ケッソク――そんなもの、試すまでもない。あるわけない、と。

 しかし、童顔眼鏡のディルク先生は大真面目だった。


「一年生は演劇です」


 はて、とアーディは悩んだ。

 演劇とは劇団がするものであって、何故学園の子供がそんなことをするのかと。そもそも、できるものなのか。少なくとも、アーディには何もないのに笑ったり泣いたり、そんな感情表現はできそうにない。


 いや、エーベルなら面白くもないのに無駄に笑ったりできるだろう。ただ、できると思っているとやってくれない、エーベルはそういう気質のような気もする。急に飽きただの面白くないだの言いそうだ。

 アーディがぐるぐると考えていると、エーベルに心酔する取り巻きの一人、太いのが挙手をした。


「はい!」

「はい、イステル君」


 と、ディルク先生が発言を許す。

 そんな名前だったのかとアーディは思ったけれど、多分またすぐに忘れるだろう。

 太いのは左右に細かく振れながら言った。


「演劇の演目がもし決まってないのなら、『英雄記』はどうでしょうか?」


 さっきまで興味なさげにあくびをしていた様子のエーベルの後ろ頭がぴくりと動いた。心なし、ディルク先生の表情も硬い。そんなことに気づかない太いのは喜々とした声で続けた。


「英雄王と悪の魔術師ツヴィーベルの戦いですよ! その英雄王をエーベルハルト様が演じて下さったらもう、大成功間違いなしじゃないですか!」


 エーベルの使い魔である黒猫らしき生き物ピペルは、机の下で卒倒しそうになっていた。いっそ卒倒したかったに違いない。

 アーディがちらりとクラスメイトのヴィルフリーデという女子を見遣ると、彼女も幼さの残る顔を引きつらせてアーディを見た。


 悪の魔術師ツヴィーベルを退けたとされる英雄王。それをエーベルに演じろと言う。

 その悪の魔術師の子孫であるエーベルに。

 ゴゴゴゴゴ、と地響きにも似た振動とオーラがエーベルの周りにだけどす黒く現れたような気がしたけれど、アーディの気のせいだと思いたかった。


「バーゼルト、お前ツヴィーベル役な!」


 からかい半分でそんなことを言って来たのはエーベルの取り巻きのちっさいのだ。アーディは聞き流してエーベルの背中を窺った。

 その時、ディルク先生がずり落ちかけた眼鏡を押し上げ、慌てて言うのだった。


「い、いや、英雄記はほら、よく演じられる演目だから! 今年は違うものにしよう! 先生、ちゃんと脚本を用意してあるんだよ!」


 その途端、シュルシュルとエーベルのどす黒いオーラが萎んだ。ほっとしたのはアーディとヴィル、ディルク先生、それからピペルくらいのものだろうか。誰も彼も事情を知らないのだから仕方がないけれど、エーベルは自らの血統を誇っている。尊敬する先祖を蔑ろにされた日には何をするかわからない。

 えー、と不満げな声はあがったけれど、ディルク先生はコホンと咳払いをして生徒たちを黙らせた。

 そうして、黒板にカツンカツンとチョークで演目を書き出したのである。


「演目は、『スノー・スワン・プリンセス』! 魔法使いの呪いで白鳥に姿を変えられた姫が狩人と恋に落ちるけれど、狩人は白鳥の姿になった姫をそれと気づかずに矢を射る。姫は狩人を許し、その魂は天高く昇って行くのだけれど、姫を憐れんだ神様が狩人を呼び寄せ、二人は天上で幸せに過ごしたというお話。みんな知ってるだろう?」


 英雄記以上にベタである。そう突っ込みたいけれど突っ込めない。

 アーディはもうなんでもいいとばかりに成り行きを見送った。

 すると、エーベルの取り巻きの一人、メガネが言った。


「その演目、主要人物の王族は姫しかいませんよ! それじゃあエーベルハルト様が輝けません!」


 すると、ずっと黙って話を聞いていたエーベルがクスリと笑った。そういうらしくない笑い方はやめろとアーディは背筋が寒くなった。

 

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