〈12〉保護者代表
コツンコツン、と学園長室の扉が上品にノックされた。ディルクは不思議に思って振り返る。アーディが戻って来たとは考え難かったのだ。
学園長はため息混じりに額を押えつつ客を迎え入れる。
「どうぞお入り下さい」
「では、お邪魔します」
よく通る青年の声が室内に響いた。ディルクにはまるで聞き覚えのない声だ。
入って来たのは、まっすぐな髪に澄んだ瞳をした細身の青年。それはこの学園の教員でも生徒でもない。ディルクはぽかんと口を開けてしまった。
「許可なく学園に進入されては困ります」
学園長がぼやくと、青年は楽しげに笑ってみせた。
「いや、門番に入れてほしいと頼んで入って来ましたよ」
「そういう意味ではありません。そもそも、断れないような言い方を頼むとは言いませんよ」
「それは困りましたね」
クスクス、と青年は声を立てた。けれど、あまり悪びれた様子もない。優雅な仕草で眼鏡を押し上げてみせる。
「だってね、入学してから一度も音沙汰がないんですよ。気になって当然でしょう? だから私が代表してやって来たのです」
とは言うものの、その明らかなダテ眼鏡越しの瞳には好奇心がありありと見えた。
「それはまあ、そうですが、殿下はマメに手紙を書かれる性質ではございませんでしょうに。そう思ってこちらから報告はさせて頂いているはずですよ」
学園長がぼやくも、彼はまるで気にした様子ではない。
「報告をもらったからこそ気になったんですよ。でも、なかなか楽しそうにしているじゃないですか」
「そうですね。成績も優秀ですし、生活態度も真面目ですし、順応はされていると思います」
そんな無難なことを報告したところで、彼は満足しなかったのだ。かといって、王族とはいえ、多感な年頃の少年を掘り下げて報告するのも気が引けたのである。
報告になかった部分が知りたくて、結局こうしてやって来てしまったのだが。
「可愛い子に好かれているみたいだし、ツヴィーベルの子孫とやらもさほど害はなさそうだし、とりあえずはひと安心です。戻ったらそう報告させて頂きますよ」
「まったく、様子を見にいらっしゃっただなどとアーデルベルト殿下に知られたら大変ですよ。鉢合わせしないうちにお戻り下さい」
「ハハハ、そうですねぇ。照れ隠しに殴られそうです。実はさっき、危ないところだったのですが、間一髪で隠れました」
「……」
青年は黒縁の眼鏡をさっと外してポケットにしまうと、そうしてそばにいたディルクににこりと微笑む。同じ年頃なのだが、どうにも圧倒されてしまう。不遜とはこのことかというような気になるのだ。そういう意味ではエーベルと近いものがあるのだろうか。
アーディにはそうした人間を引き寄せるものがあるのかも知れない。などと当人に言ったらとんでもなく嫌がりそうだが。
「それではまた。彼をよろしくお願いしますね」
と、青年は艶やかに微笑むと学園長室を去った。その後もしばらく、室内に彼の存在感が残っているような気がした。
「あ、あの、学園長?」
ディルクが思わず声をかけると、学園長は学園の長としての顔ではなく、不意に祖父の顔に戻った。
「みなまで言うな、ディルク」
「えーと……」
ポリポリ、と頭を掻くことしかできなかった。ディルクは学園長の娘の子である。ファミリーネームが違えばあまり気づかれないのであえて言わないでいる。ディルクも血統による特別扱いが嫌だと思うから、アーディの気持ちもわからなくはない。まあ、規模が違うのだけれど。
祖父である学園長は白い髭を撫でてため息をついた。
「心配されておられるというのはわかる。けれど、アーデルベルト殿下のためを思うのなら、しばらくはそっと見守って頂きたいものだ」
「そうですね。それから、シュレーゲル君と鉢合わせた時、多分すごく合わないような気がしますよ」
「だろうなぁ」
学園長室の中に沈黙が続いた。ディルクは思わず苦笑するよりない。
「けれどまあ、偵察に来られたわけですし、しばらくは平和だろうということで」
「しばらくは、な。学園の秩序を乱さずにいて下されば助かるのだが」
「……」
【 4章End *To be continued* 】