〈11〉手紙
アーディはのびたままのピペルを小脇に抱えて職員棟から出た。エーベルにどう言えば丸く収まるのか、そればかりを思案した。
そのエーベルはというと、魔法陣に乗ってフワフワと空を漂っていた。誰かを捜している風なのは、アーディを捜していたと考えるべきだろう。けれど、エーベルはアーディを見ても落ち着いたものだった。フワリフワリと風に流されるようにして漂って来る。
「アーディ、この辺で不審人物を見なかったか?」
「は? お前以外にか?」
アーディの発言に、はて、とエーベルは小首をかしげた。自称天才美少年には伝わらなかったようだ。
まあいい、とアーディは仕切り直す。
「不審人物って、どんなだ?」
そう訊ね返すと、エーベルは口をひん曲げた。
「見てないから知らない。ただ、性格が悪いのに魔力が結構強いヤツ」
「それ、まんまお前のことじゃないか」
「ボク? ボクは美少年で天才なだけだにょん」
いちいち鬱陶しい。アーディはイラッとしながらエーベルにピペルを押しつけた。
「おお、ピペルがくたっとしてる! 何があったんだァ?」
ガクガク、とピペルを揺するエーベル。縦振り、横振り、しまいには回転をかけつつ放り投げてはキャッチする。ピペルはようやくハッと目を覚ました。
「エ、エ、エ、エーベル様!」
「うん、起きたな。おいピペル、何があったんだ? って、覚えてないんだろうなぁ」
ピペルは無言で首を大きく振った。あの毛皮の下にはじっとりと汗をかいていそうだとアーディは思う。
「今度は学園チョーだな? まったく、お前は何を見たんだろうなぁ?」
「どうせ、女生徒の着替えだろ?」
「にゃーっ!! どういう意味ですかにゃー!!」
騒ぐピペルをエーベルはぎゅうっと抱き締めると、頭をぐーりぐり撫で始めた。ピペルは生きた心地がしないようだけれど。エーベルのその様子を見て、アーディは何かがおかしいと、そんな気がした。
「……どうした?」
なんとなくそう訊ねてみると、エーベルはうぅんとつぶやいた。
「なんだろうなぁ。イヤーな感じがするんだ。まるで親のカタキにでも出会ったみたいな」
「お前に親はいるのか?」
まるで想像がつかない。エーベルの両親はどんな人間なのだろう。無駄に顔だけよくて中身がぶっ飛んでいるのか。それを言うなら自分のところと似たようなものかとアーディはぼんやりと思う。
エーベルはぷんすかと口に出してわざとらしく怒ってみせた。
「あったりマエだろ! ちなみに生きてるけど」
「じゃあ仇じゃないじゃないか」
「モノノ例えだよ。アーディは頭がカタイにゃ」
ああそうか、と青筋立てながら話を聞いていたアーディは深々と嘆息した。
「この学園には不審者なんて侵入できないぞ。生徒か教員かのどっちかだ」
「そっかなぁ」
ぶつくさ言いつつもエーベルは納得した風だった。
それ以外、何があるというのだろう。
☆
そんなエーベルを振り払い、アーディは寮の自室へと戻った。散らかすことはしないで整理整頓を心がけている部屋は殺風景だ。
部屋に鍵をかけると、ポケットにしまい込んでいたカイからの手紙を取り出す。少し皺になった部分を丁寧に伸ばし、机の引き出しからペーパーナイフを取り出して開封した。姿勢正しく座り、それを読む。
そこに書かれていたことと言えば。
予測はしていたけれど、毎回同じような内容である。
――体調はいかがでしょうか?
――勉強にはついて行けていますか?
――先生方はよくして下さっていますか?
――友達はできましたか?
――お城が恋しくて泣いていませんか?
――正体はうまく隠せていますか?
――嫌なヤツはいませんか?
――好きな子はできましたか?
「…………」
ぱむ、とアーディは手紙を半分に畳むと、封筒の中に収め、そうして引き出しの奥底へとしまった。
毎度の流れである。一度も返事をしたことはない。
何事もなかったかのように、アーディは机に頬杖をついて考える。
卒業までに一体何通の手紙が送られて来るのだろうかと。
カイのあの過度の心配性は、王家の一員を当家で預かっているという認識からなのだろうが、別にアーディは預かられているつもりはない。ただバーゼルトの名前を借りているだけだ。
父王などは何事も修行だと、かなりの放任主義だ。アーディがどうなろうとバーゼルト家が罰せられることなどないというのに。
「面倒くさいヤツ……」
アーディはため息混じりにそう一人つぶやいた。そうしてそこで、教科書を廊下に放り投げて置いて来たことをようやく思い出したのである。
取りに戻る時、ヴィルにはもう会わなかったけれど、そちらも少し気がかりだった。
明日の朝にはすっきりした顔でいてくれるといいのだけれど。