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〈10〉そんなことない

 カイとエーベルから解放されたヴィルはようやく茂みの外へ出た。そこで思いきり伸びをする。気疲れしたせいか体が硬かった。

 もう放課後だ。生徒たちの数もまばらになっている。


 てくてくと中庭を歩いていると、空もやんわりと茜色に染まって来ていた。

 寮へ向かおうか一度教室に戻ろうかと考えて、やはり教室へ戻らなければならないと気づいた。宿題に必要な用紙や教科書も置いたままなのだ。

 宿題をしなくてはと思うけれど、今日はなかなか手につかない気がした。

 頭の中が掻き乱された、そんな一日だった。


 アーディの兄だと言うのなら、カイにはまた会う機会があるのだろうか。あの口振りだと、要するに、お前はアーディに相応しくない、とそう言いたかったのだろう。

 ただの友達関係でしかないというのに、まるで嫁選びのように審査されたのか。しかも、不合格だと。

 そう思ったら、地味にへこたれた。もし自分が例えばレノーレのように誰もが認めるほど美人だったり、エーベルのように優秀だったら、カイはあんな風には言わなかっただろうか。


 しょんぼりと肩を落として頼りない足取りで校舎の方へ近づくと、人気ひとけのない校舎の壁際にレノーレがいた。ただ、少し声をかけづらい雰囲気があった。いつもは眩しいくらいの彼女が、どこか物憂げである。そうした表情も綺麗だったけれど、どうしたのかと不思議に思った。


 ヴィルが近づく前に先を越された。レノーレに声をかけた人物がいたのである。

 見覚えがあった。それもそのはずで、生徒会長のリュメル=ケンプファーその人であった。背も高く、爽やかで好青年である。隣のクラスのフィデリオに似たタイプではあるものの、年長なせいか少し大人びて見える。艶やかなまっすぐに伸びた黒髪に青い瞳。エーベルが入学して来るまでは間違いなく学園一の注目の的であったはずだ。


 会話の内容までは聞こえないけれど、二、三、言葉を交わしている。二人は顔見知りではあるのだろう。リュメルは不意にレノーレの髪に触れた。あまりに自然に触れるので、遠目にそれを見たヴィルの方がびっくりしてしまった。ただ、レノーレはあからさまに怒ってそれを振り払った。


 どうやらリュメルはレノーレに気があるらしい。けれどレノーレはアーディがお気に入りだ。リュメルの好意は迷惑なのだろう。あれだけ美人でも、レノーレは複数の男子を手玉に取るようなタイプではない。むしろ内面は姉御肌というか、男っぽい部分さえある。自分の外見だけを気に入って近づいて来るような相手は嫌なのだろう。


 怒った顔も綺麗だけれど、レノーレは多分内心では耳を疑うようなセリフで毒づいている気がした。そのまま舌打ちしそうな勢いでリュメルを振りきった先にヴィルがいることに気づいたようだ。疚しさを感じたのはヴィルだけで、レノーレはにこりと微笑んでヴィルに駆け寄って来た。


「ヴィル! 丁度よかったわ、一緒に帰りましょ」

「は、はい」


 後からじっと見ているリュメルが気になったけれど、ヴィルはなるべく目を向けないことにしてやり過ごした。そんなヴィルの腕にレノーレは親しげに腕を絡める。同性でもどきりとしてしまうほど、レノーレは魅力的なのに、アーディはいつも平然としている。レノーレで無反応なら、ヴィルなんて逆立ちしても相手にはされないのだろう。

 そんなことを考えてぐるぐるしていると、レノーレはぽつりと言った。


「ああいう、『女はみんな自分に気がある』みたいな勘違い男は大嫌い」


 フォローのしようもない切られ方である。返答に困ったヴィルに、レノーレはクスリと笑った。


「アーディとは逆ね。アーディは自分の魅力なんてなんにも知らないで振舞うけど、頼り甲斐があるもの。そういうところが好き」


 はっきり好きと言葉にできるのは、やはり自信の表れだとヴィルは思う。ヴィルにはとても言えない。トクリ、と胸が大きく鳴った。

 そんなヴィルに、レノーレは優しい笑顔を向けた。


「あなたもそうでしょ?」

「え?」

「アーディのこと、好きでしょ?」

「っ……」


 そんなこと、言えない。

 とっさにうつむいたヴィルの頭を、レノーレはそっと自分に寄せて撫でてくれた。


「見てたらわかるわよ。別に悪いことしてるわけじゃないんだから、そんな顔しないで」


 その柔らかさと優しさに、少し涙が滲んだ。レノーレは、そっと微笑む。


「お互いがんばりましょう、と言うことね」

「レノ先輩になんて、とてもじゃないけれど敵いません」

「あら、そんなことないのよ。ええ、ほんとにもう」


 そう言って、レノーレはヴィルの銀髪をやや乱暴にグリグリと乱した。


「まったく、アーディじゃなくても構いたくなっちゃうわよね、これじゃ」

「???」

 

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