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〈8〉続・追いかけっこ

 浮遊の魔法陣などという高度な技をいとも容易く操るエーベルはやはり優秀なのだ。優秀と同時に厄介だ。煌く虹色の魔法陣がアーディの頭上近くにやって来る前にアーディは再び駆け出した。これはまずい、とアーディは茂みの中へ飛び込む。真っ当な道ではなく、中庭の木々の間を抜けることにしたのだ。

 木の陰に隠れながら進んだ方が、空からは捜しにくいだろうと。


 柄にもなく息せききって急ぐアーディに、荷物と化したピペルはにゃんにゃん不平を漏らしたけれど、聞く耳は持たない。

 大股で次なる茂みを踏み越えた時、中からキャッという明らかに女生徒の悲鳴が上がった。しかも、その声には聞き覚えがある。


「ヴィル!?」


 口元を押えて固まったヴィルが一人で茂みの奥に立っていた。どうしてこんなところに一人でいるのかはわからない。ただ、顔が尋常ではなく赤い上に目も潤み、どこか具合でも悪いのかと思わせるような様子だった。


「ア、アーディ……」


 ヴィルはハッとした様子で自分の隣に首を向けた。そうして大きく目を見開く。


「あれ?」


 様子がおかしいはおかしい。けれどアーディも急いでいる。頭上からヤツの高笑いが聞こえた。


「にゃしししし、この辺りから感じる。感じるゾ!」

「……マズイ」


 迫り来るエーベルを振りきるべく、アーディはヴィルを気にしつつも再び駆け出した。とりあえず、ピペルを学園長室へ放り込む方が先決である。



     ☆



 噂をすればなんとやら。アーディがものすごい勢いで現れ、そうして去って行った。

 あまりのことにヴィルは心臓が止まりそうになる。けれど、アーディは何故かとんでもなく急いでいる風だった。どうやらエーベルから逃げ回っているらしい。


 エーベルはいつかと同じ魔法陣に乗って空を飛んでいた。ヴィルはあそこから蹴落とされた覚えがある。思えばあの時もアーディが助けてくれたのだった。

 ただ、アーディが現れた時、その場にカイはおらず、煙のように掻き消えていた。ついさっきまで話していたはずなのに、素早すぎる。


 弟のアーディに自分が来ていたことを知られたくないのだろう。アーディなら間違いなく嫌な顔をする。

 そう考えてヴィルはようやく気づいた。この学園は部外者出入り禁止である。生徒の身内であろうと、特別な日以外は立ち入り禁止なのだ。こっそり進入して来たのなら、それは見つかったらマズイ。脱兎のごとく逃げ出したのも無理はない。


 ふぅ、とヴィルがため息をつくと、頭上からエーベルが降って来た。ヴィルが再び悲鳴を上げたのは言うまでもない。ふわふわと辺りを漂っていた妖精たちもエーベルの勢いに驚いたのか一気にいなくなった。

 軽やかに着地すると、エーベルはにこりともせずに端整な顔を四方に向け、そうしてスッと目を細めた。


「気配が残ってるナ」

「え?」

「ピペルに術をかけたヤツのだ」


 ヴィルと会話をしているというよりも、むしろ独り言のようであった。いつになく真剣な目をして考え込んでいる。その横顔は芸術的であるけれど、いつもの奇行を知るだけに油断はできない。

 そんなことを思ってしまったせいか、急にエーベルの目がヴィルに向いた瞬間にびくりと肩を跳ね上げてしまった。


「おい、ちびっ子」

「は、はい」


 そんな名前じゃないとはとても言えない。思えば、アーディを交えずにエーベルと会話をしたのは初めてのことではないだろうか。カイといいエーベルといい、ヴィルにとって心休まらない人ばかりと関わっている今日だった。

 エーベルはアーディには見せたこともないような険しい顔でぽつりと言う。


「ヤな気配だ。すんごい性根が曲がりくねった感じがする。ヤダヤダ」


 そのすんごい性根がまがりくねったヤなヤツは、エーベルの大好きなアーディの身内であるとはやはり言えない。カイに内緒だと口止めされているのもある。うっかり口を滑らせては大変なことになりそうだ。


「そ、そうなんだ?」

「うありゃ? そういやアーディは?」

「さっき走って行ったよ?」

「いかんいかん、そりゃいかん」


 よくわからないけれど、そう言ってエーベルも駆け出した。ちらほらと木々の花びらが舞う。

 ヴィルはというと、一人になってやっとひと息つけた。けれどすぐにハッとする。ここで落ち着いているとまたカイが戻って来るかも知れない。いけないというわけではないけれど、どうにも疲れる。彼の言葉はまっすぐに心に刺さる。


 アーディとずっと一緒にいたいというのは無理なことだ。アーディが将来的に何を目指しているのかも知らないし、ヴィルもまた、そこまで明確な道は見えていない。

 そんな先のことはわからないのだ。


 ただ、もしそれを願った時、今のままの自分ではいけないとカイは言う。

 わからないながらに、その言葉が僅かに棘のように心に残るのだった。


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