〈7〉今の君では
カイがアーディのことを知りたがる。それがヴィルにはとても不穏に思われた。ごくりと唾を飲む。
答えずに固まっているヴィルに、カイは何故か憐れむような目を向けて来る。
「どうした? もしや彼のことが苦手なのかい?」
「えっ?」
「協調性は欠片もないし、基本的に真顔か仏頂面だし、愛想を振り撒くのなんて多分一生に一度――」
「……」
勢いで言ってしまってから、カイは自分の口を長い指で押えた。目が、泳ぐ。
なんだろう、今の発言は。
ヴィルに訊ねずとも、アーディのひととなりをよく知っているではないか。
「いや、その……」
なんとなく取り繕おうとするカイに、ヴィルは少し白けた目を向けた。今のカイには先ほどまで感じていた妖しさは薄れている。
「アーディのことを知っているんですか?」
いつになくヴィルは強い口調でそう訊ねた。すると、カイは観念したのか深々と嘆息して、そうして言うのだった。
「ああ、つい口が滑ったな。うん、まあ、仕方ない。正直に言うよ。実習生なんていうのは嘘なんだ。僕の名前はカイ=バーゼルト――アーディの兄だ」
「ええっ!!」
アーディの身内――兄だというけれど、あまり似てはいない。本当だろうかと疑うほどには似ていないのだ。
「似てない兄弟なんていっぱいいるよ」
先に言われてしまった。それもそうである。ヴィル自身、兄と姉がいるけれど、そこまでそっくりだとは思わない。
血の繋がりを聞いてからそういう目で見ると、少しくらいは似ているような気にもなるから不思議だ。
エーベルに興味があるというのは、要するにアーディが手紙なりでエーベルとという友達ができたと報告した結果なのかも知れない。弟の友達がどんな子なのかが気になるのは当然だ。
「アーディのお兄さんですか……」
ぽつりとヴィルがつぶやくと、カイは意外そうに細い片眉を跳ね上げた。
「『アーディ』とファーストネームで呼ぶ程度には親しいという解釈でいいのかな?」
親しいうちだと、ヴィルは思いたかった。
アーディは常に淡々としている。目につくから世話を焼いてくれるだけであって、親しいつもりではないのだろうか。そんな風に考えると少し悲しくなる。
「アーディがそう呼んでくれていいって……」
「へぇ!」
心底驚いたという風にカイは目を瞬かせた。
「彼がねぇ。いや、学園生活はアーディにとってなかなか有意義なようで安心したよ」
アーディは確かに協調性には欠けるかも知れないけれど、成績は優秀だ。そのアーディに対してカイは随分と心配性に思えた。
ところで、とつぶやいて、カイは笑顔をヴィルに向ける。けれど、目は笑っているとは言いがたく、それがなんとも警戒心を抱かせる。
「君から見てアーディはどうなんだ? 正直なところを聞かせてくれ」
そんなことを言われ、ヴィルは身を硬くした。それほど難しいことを訊ねられているわけではない。
アーディは要領の悪いヴィルをいつも気にかけて手を差し伸べてくれる優しい人だ。
あまり微笑んだりもしないから、目に見えてわかりやすい優しさではないかも知れないけれど、自分をよく見せようともしないからそうなのだ。根が優しい、だからそれを見抜く人が集まるのだと思う。エーベルやレノーレがそうなのだろう。
ヴィルもまた、そんなアーディのことをとても頼りに思い、そうして――。
「アーディは……」
「うん」
静かにその言葉の先を待つカイ。けれど、ヴィルはうまく伝えられる気がしなかった。
「ア、アーディは優しいです……」
それだけをやっと言った。何か、たったそれだけのことに心音が狂ったように鳴り響く。
頭にカァッと血が上るような、おかしな感覚がする。思わず自分の頬に触れると、カイはそんなヴィルをクスリと笑った。その時のカイの瞳はどこか柔らかくなり、ほんの少しアーディに似た部分もあるように感じられた。
「そうか、青春だなぁ」
「な、何がですか」
「ううん、こっちの話だ」
ニコニコと、急に楽しげに笑っている。かと思えば、カイは不意に笑顔を消した。
「けれどね、彼は自分の話を君にすることはあっただろうか?」
「え?」
アーディは無口だ。自分の話はほとんどしない。兄がいるとか、そうした家族の話も聞いたことはなかった。
「ない、です」
しょんぼりとヴィルが答えると、カイは軽くうなずいた。
「だろうねぇ」
なんとなく傷ついたのは、アーディがそうした話をしてくれるほど、ヴィルに親しみを感じてくれていないと示されたせいだろうか。
ただ、カイが本当に言いたいのはそんなことではなかったのかも知れない。次の言葉でそれに気付かされた。
「この学園を卒業しても彼のそばにいようと思うなら、今の君ではいけないよ」
衝撃に、目の前が白む。
入学して間もないというのに、卒業などとは考えも及ばない。そうして、その時、アーディと別れたくないのなら、今の自分ではいけないと。カイの言葉の意味が、ヴィルにはよく理解できなかった。