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〈6〉逃走中

 追っ手を振りきって逃げるものの、手に手を取り合っての逃避行――ではもちろんない。黒猫を小脇に抱えた少年が校舎を疾風のごとく駆け抜けているだけである。


「おいコラ、なんでワシが逃げにゃならんのだ!」


 と、ピペルは走るアーディに抱えられ、目を回しそうになりながら唸った。猫かぶりも脱げて本来のジジ臭さである。


「もとはといえばお前が悪い!」


 ――のだと思う。


「ワシはカワユイ使い魔だぞ! なんも悪いことなんぞしとりゃせんわ!」


 大嘘だ。絶対大嘘だ。

 アーディは黒猫の言葉を一切信用しなかった。なので、少しも立ち止まることをしない。


「にゃは、待て待て――っ!」


 と、楽しげに追って来るエーベルは、鬼ごっこを楽しむ子供と同じだ。ただ、子供と同じでないのは、ただ追って来るだけではないところだろうか。階段の手すりを飛び越えて、華麗に着地する。


 けれど、そんなエーベルよりもアーディの身体能力は更に高い。見た目は地味だが高いのだ。

 ゆっくりと会話に花を咲かせる生徒たちの間をすり抜け、校舎の入り口を出た。ちらりと振り返ったアーディは、入り口の段差の上で立ち止まったエーベルの指先が光っているのを見てしまった。

 シュ、シュ、とその指先で魔法陣を刻んで行く。


「ウル・ソーン・ニイド・ペオース――と、よし、発動!」


 パァン、と紙風船が弾けるような音がして、エーベルの手もとから数本の植物の蔦が縄のごとく逃げるアーディに襲いかかった。たまたま見かけた生徒がキャーっと甲高い悲鳴を上げて逃げ惑う。

 縄と呼ぶには太すぎる荒縄のような蔦は力強く、アーディがとっさに横に飛んで避けると、蔦は力いっぱい芝生を抉って突き刺さった。エーベルはいつも手加減をしているというけれど、全然足りない手加減なのである。

 あれには捕まりたくない、とアーディはぞっとした。


「アーディは素早いナ」


 なんて、エーベルは楽しげである。まだまだ余力を残しているらしく、指先に光が灯っている。

 これはマズイ。

 アーディは学園長室へ逃げ込むことを決めた。


 チッと軽く舌打ちをして、アーディは職員棟を目指して駆け出した。エーベルと正面からぶつかるよりもひたすらに走った方が勝機はある。アーディはとにかく走った。抱え方が乱暴なせいか、ピペルが苦情をネチネチ言ったけれど、アーディは取り合わなかった。

 途中、こんな時に限って、エーベルの取り巻けていない取り巻き連中に出くわした。名前は――まだ覚えていない、太いのちっさいのでっかいのメガネ。

 いい加減に覚えてやれとは誰も言わない。


「バーゼルト! お前、エーベルハルト様に何を!?」


 何をもない。ややこしいから無視したら、全員がアーディの進行方向に立ち塞がった。ザッと並んで両手を広げて即席バリケードを作る。


「さあ、エーベルハルト様、今の隙に!」


 エーベルに褒めてほしい一心で、彼らは理由も聞かずにアーディを止めようとする。ただ、そんなことをしてもエーベルが彼らを特別視することはないだろうけれど。


「うん?」


 振り返って見ると、エーベルは走りながら小首をかしげていた。あまり恩に着てもいない。

 アーディは取り巻き連中の正面まで突進すると、そのままぶつかるのではなく高く跳躍した。運動には適さない皮のブーツだが、それでもアーディはちっさいのの肩に手を使わずに片足を乗せ、そうして踏み台にして更に高く跳んだ。足もとで悲鳴が上がったけれど、エーベルのために障害物になることを選んだのだから、踏まれても仕方がない。アーディなりにそう結論付けた。


 トス、と軽く着地してみせると、アーディはそれからも振り返らずに駆け抜ける。ヒトデナシだのなんだのギャーギャーうるさい声が追って来たけれど、知ったことではない。

 ただ――。

 その後に続いて悲鳴が上がった。それは歓喜の声だった。


「ああ、エーベルハルト様が!」

「ん?」

「なんて羨ましい! 僕も踏まれたかった!」


 どうやら倒れたちっさいのをエーベルも踏み越えたらしい。何故アーディが踏めばヒトデナシ呼ばわりされるのに、エーベルだと喜ばれるのか、なんてことは考えるのも嫌である。


 アーディはとにかく彼らを無視して中庭を駆ける。ただ、ふと嫌な感覚がして振り返ると、ずっと追って来ていたエーベルが息をきらして立ち止まった。はあ、はあ、と肩で息をする。運動神経は悪くないものの、持久力がどうやらそれほどないらしい。

 ただ、これで安心ではない。本番はここからだ。


「ツカレタ。飽きた!」


 そう叫びつつ、指先で魔法陣を描き出す。その魔法陣は虹色に輝いた。その輝きに見覚えがある。

 魔法陣はクルクルと回転し、横に倒れたかと思うと、エーベルはその魔法陣の上に飛び乗ったのである。

 そうだ、あれで飛んで来たことがあった。走って追いかけてみたのも暇つぶしに過ぎないのだ。


 急がねば。アーディは一目散に学園長室を目指した。ピペルは――目を回していた。


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