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〈4〉構って

 アーディは結局、ヴィルの様子に違和感を覚えつつもそれ以上は触れなかった。ヴィルは結局のところ女子なのだ。男子のアーディよりも心や体が複雑にできているのかも知れない。迂闊には触れられない問題もある。踏み込みすぎるのもよくないと自制した。


 そのまま宿題に必要な教科書等々をベルトでまとめ、寮の自室へ戻るべく教室を出た。それを追って来るエーベルから逃れるようにして早足になる。その時、階段を上がって来る女生徒がパッと顔を上げた。


 レノーレ=ティファート。

 学園で指折りの美少女で、アーディにとっては先輩に当たる。幼なじみということで、エーベルの外見に惑わされない貴重な一人であった。ふわりと柔らかな長い髪が窓から差し込む夕日に透ける。


「あ、アーディ!」


 魅惑的な微笑をアーディに向ける。アーディはこのイグナーツ王国の第二王子、けれどそうした事実をこの学園で知るのは先生方くらいである。ただの無愛想な一生徒に過ぎないはずのアーディをレノーレは何故か気に入ってくれているようだ。

 レノーレは軽やかに階段を駆け上がると、アーディの腕に自分の腕を絡めた。


「ねえ、今日はテラスに行ってお茶でも飲みましょう?」

「飲まない」


 即答したのはアーディではなく、背後に迫っていたエーベルであった。この二人、顔を合わせたら角つき合わせてばかりである。


「あんたに言ってないし」


 麗しい容姿から発せられたとは思えないような低い声で、レノーレはアーディ越しにエーベルに向けて言い放つ。エーベルはハハンと笑った。


「アーディはボクと勉強するのダ!」

「いや別にしないし」


 と、アーディが言っても、エーベルはいつものことながらに聞き流す。すかさずピペルが背中の毛に埋もれた翼をわざわざ出し、三人の目の高さまで飛んで会話に加わった。


「さすが親友ですにゃー。仲良しですにゃー」


 ものすごく無理のある会話の流れに疲れつつ、アーディはふとレノーレに目を止めた。それに気づいたレノーレは、すぐににこりと綺麗に微笑んだ。自分が魅力的に見える状態をよく把握している。

 ただ、アーディが次の瞬間に発した言葉は、レノーレの想定内であっただろうか。


「レノーレ、僕じゃなくてヴィルを誘ってやってくれないか? 何か心配事があるんだと思うけど、同性の方が話しやすいこともあるだろうから」


 すると、レノーレは大きな目を瞬かせた。眼を縁取る睫毛が長い。


「ヴィル? ……そうねえ、どうしたのかしら。まあ、わかったわ。アーディがそういうなら、ね」


 にこやかではあるけれど、何故かその笑顔が微妙に薄ら寒い。気のせいだろうかとアーディは小首を傾げたものの、レノーレはさっさと背を向けて階段を下りて行った。カツンカツン、と靴音を響かせる。

 その音を聞きながら、ピペルは深々とため息をつく。


「あーあー、レノしゃんが気を悪くされましたにゃー」

「は?」

「他の女子のことばかり気にしていたら面白くないのも仕方ないですにゃー」


 そんなことを猫に言われたくはない。

 気を悪くするの前に、気を持たせるような言動はしていないはずである。けれど、女性のそうした心の動きはアーディにはよくわからない。


「ほっときゃいいって。構ってチャンだな、レノは」


 エーベルにだけは言われたくもないだろう。とアーディが顔に書いて彼を見遣ると、彼は楽しげに、にゃししと歯を見せて笑っていた。


「アノサ、ちょっと面白そうな謎があるんだ。アーディ、聞いてよ」

「謎?」


 エーベルはこっくりこっくりとうなずく。


「そ」


 彼は唐突にピペルの首根っこをつかんで吊るした。


「にゃっにゃっ! にゃんでございますかにゃー!」


 怯えるピペルをエーベルはアーディの胸もとに押しつけつつ、得意げに言うのだった。


「誰かがピペルに忘却の魔術を施した。でも、それは生徒じゃない。もっと強い魔力の持ち主だ。ピペルは何を見たのかナ。面白そうだからその記憶、呼び覚ましてみようかト」

「忘却の?」


 そこでアーディは考えた。ピペルが何を見たのか。――ピペルが興味を持って覗いたのだとするなら、女性の着替えとかじゃないだろうか。この猫ならあり得る。

 だとするなら、思い出させてはいけない。相手に悪い。


「やめておけ。どうせろくなことじゃない」


 と、アーディはエーベルからピペルをもぎ取るようにして抱えた。エーベルはぷぅ、と膨れる。


「なんでさ? 退屈しのぎに丁度よくない?」

「駄目だ」


 すると、エーベルは整った顔から不意に表情を消した。そうして、澄んだ瞳がまっすぐにアーディを見据える。


「駄目と言われると余計に知りたくなるのがニンゲンだね」


 これはまずい。アーディは眠っていた魔王を起こしてしまったような心境だった。ピペルを抱えたまま、教科書を放り出して駆け出した。


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