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〈1〉見知らぬ人

 世界の中心とも呼べる大国イグナーツ。その王国において数々の偉人を輩出し続ける学び舎、アンスール学園での出来事。


 その日、一年生のヴィルフリーデ=グリュンタールはクラス長の雑務のために昼休みに中庭を横切っていた。職員室まで配布する宿題の用紙を取りに行っていたのである。ちゃんと昼食も摂ったけれど、まだ休み時間ではある。皆が食後にのんびりとしているうちに動き出すヴィルに、クラスメイトのアーディ=バーゼルトが目を向けていた。

 一見して睨んでいるようにも見えるくらい、愛想がない。あまり笑わない少年である。


 けれど、他人に興味はありませんといった面持ちの割に、実は面倒見がよく、要領の悪いヴィルの世話を焼いてくれている。冷たく見えて本当はとても優しい。

 だから、昼休みから動き出すヴィルを大変だなと思ってくれている気がする。勝手な解釈かも知れないけれど、そんな風に感じるのだ。それで、とてもあたたかな気持ちになる。

 アーディがヴィルを頑張り屋だと認めてくれるように、ヴィルもがんばり続けたい。


 ただ、そんな二人の間には、誰もが認める美貌の少年が常に割って入る。二人の間というよりも、彼、エーベルハルト=シュレーゲルにとってはアーディ以外のクラスメイトなどカカシと同じ程度の存在でしかないのだろう。

 ひとつに束ねた金髪に、値段もつけられないほどの宝石のような青い瞳。うっとりしてしまうような容姿ながらに、エーベルの性格は非常に特殊である。とはいえ、その血筋から魔術の才能はずば抜けており、天才美少年と本人が自らを称するのもあながち的外れではない。ただ、何かがズレている。それだけである。


 エーベルはその美貌からたくさんの信奉者がいるというのに、アーディにこだわり、彼を親友と呼ぶ。一方通行なのか、アーディにそのつもりがあるのかはよくわからない。かなり扱いは雑であるけれど、アーディは照れ屋なので冷たい返しも照れ隠しのうちであり、実際は嬉しいのかも知れない。

 なんてことを考えながらヴィルは中庭を歩いた。


 学園の中庭は常春の麗らかさである。小さな妖精がまとう光がふわりと飛び、ヴィルも口もとをゆるめてそれを眺めていた。青い空に白く、妖精の光が楽しげに踊る。

 宿題の用紙を胸に抱き、ヴィルは教室へと急いだ。心地よいあたたかさだから、次の歴史の授業は眠ってしまわないように気をつけなければ。歴史は嫌いではないけれど、おじいちゃん先生の間延びした声は眠気を誘うのだ。


 てくてくと、ヴィルは歩く。背の低いヴィルの歩幅は狭い。

 そうして歩いていると、その春の柔らかな空気を引き裂くような声が中庭の茂みの方からしたのである。


「フンギャ――ッ!!」


 ヴィルは耳を疑った。この平穏な学園の中、命の危機とも取れるような絶叫を聞くことになるとは思いもしなかった。びくりと肩を跳ね上げて足を止めた。


「い、今のって……」


 しかも、そのゆとりのない声にどことなく聞き覚えがあったのである。ヴィルは慌てて、それでも多少の警戒をしながら茂みに近づいた。そこから恐る恐る茂みの奥を覗き込む。

 そこにいたのは黒猫である。正確には、黒猫のような何か。


 エーベルの使い魔、ピペルである。ぬいぐるみのようなフサフサした黒い毛にグリーンのリボン。爛々と輝く目を怒らせてはいるものの、彼は今、踏まれていた。見知らぬ誰かに。


 その男性は、明らかに生徒ではなかった。ハシバミを思わせる色合いの髪は艶やかに光を放ち、少しの癖もなく肩にするんと下りており、通った鼻先に乗せるようにして黒縁の眼鏡をかけている。白いシャツに黒とグレーのコントラストのベスト、アイロンの線がピシッと入ったパンツの膝がピペルの背中にめり込んでいる。

 それは育ちの良さそうな青年であった。まだ若く、担任のディルク先生とそう年も変わらないのではないだろうか。


「この学園は安全なはずが、こんな低級魔族が闊歩しているとは。速やかに学園長に報告せねばな」


 と、青年は涼しげな声で一人ごちた。


「て、低級ぅ――!?」


 ピペルが心外だと毛を逆立てた。ピペルは可愛いのがとりえ、可愛くて健気だからエーベルが気に入っているのであって、実際に大した力はない。フォローするなら家事が得意ということだけだ。

 青年は少しも表情を変えず、ああ、とつぶやいた。


「先に退治してから報告するべきか」


 その途端、ピペルがヒギャァと変な声を出した。青年が膝に体重をかけたのだろう。ピペルのピンチにヴィルは宿題の用紙を撒き散らかして茂みを割って入った。一も二もなく、ただ必死だった。


「ま、待って下さい!」


 すると、青年は癖のない髪を揺らして振り向いた。ヴィルはその不躾なほどまっすぐな視線にたじろぎつつも彼と対峙する。昼休みは残り僅かだった。

  

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