〈12〉終わってみれば
一年生はほぼ水に濡れているので、帰路はいっせいに先生方の転移魔術によって寮の前まで飛ばされた。帰りは楽だった。歩いて帰れと言われたら派手に魔術を使ったアーディも少しきつかったので助かった。
翌日、放課後になって学園長室にアーディは一人呼び出される。何か呼び出される頻度が妙に高い気がしないでもない。
学園長の机の前にはディルク先生もいた。アーディが入室すると、学園長は顔の皺を更に深めて穏やかに笑った。
「殿下、ディルク先生に聞きましたが、課外授業は大騒動だったそうですね」
アーディが苦りきった面持ちになるも、学園長は楽しげだ。
「あなた様はそう熱くならない性質なのだと思っていたので意外でした」
調子に乗ったエーベルにやり返したことを言うのだろう。意外だけれどよい兆候だと思うのかも知れない。そんな顔をしていた。
アーディは深々と嘆息した。
「自分でもそのつもりでした。相手にならなければよかったのですが、つい……」
他の誰かだったらやり過ごせたと思う。後になってみると随分子供っぽい真似をしたように感じる。
でも、あの時はカッとなって、自分にそうした面があることを初めて知った。
「あらかじめシュレーゲル君の情報は他の先生方にも通達してあったのですが、救護が必要な生徒が続出して先生方がてんてこ舞いになってしまいましたから。といっても、動けたのは僕とエレット先生だけで、モニカ先生は一緒に倒れるし、ラハナー先生はシュレーゲル君のことは半信半疑で対応が遅れたと言いますか……」
と、ディルク先生が心底疲れた顔をしてぼやく。けれど、学園長はやっぱり楽しげに見えた。
「殿下のご身分は私とディルク先生しか知りません。他の先生方にも秘密のままです。王様がそうしたらいいと仰って下さったのもありますが、殿下が身分を隠し普通の生徒としての待遇を望まれるのでしたら、特別待遇をしては怪しまれてしまいますし」
「……」
「実際、どうですか? 自分を王子としてではなく一個人として扱われることは。不愉快に感じたりなさいますか?」
不愉快――身分を敬われないなんて、そんなことはどうでもいい。
だからアーディは正直に答えた。
「それはないです。特別扱いは好きじゃないし、敬われたいとも思いません」
実際、自分は第二王子。王位は兄が継ぐ。だから自分は兄の陰でいい。
兄より目立ちたいとは思わなかったし、その分日陰は自由でいい。自分にはこれくらいが合っていると感じている。
学園長はそうですか、と眼鏡を押し上げて微笑んだ。
「それならよいのです。時にはハメも外して皆は学び、大人になって行くのですから。ただし、他の生徒に怪我などさせないようにだけお願いしますね」
「はい」
「では、反省文の提出をお願いします」
「はい……」
エーベルに反省文なんて書かせた日には、天才美少年でごめんなさいとか書くだけだろう。アーディはもちろん真面目に書くけれど。
そうしてアーディは学園長室を後にした。
そうして何気なく寮へ戻る前に教室へ戻った。宿題に必要な教科書を持っていないことに気づいたのだ。すると、教室にはヴィルが残っていた。何かをしている風でもなく、退屈そうに椅子の上で脚をブラブラさせている。
「なんだ、まだいたのか」
声をかけると、ヴィルは弾かれたようにパッと顔を上げた。
「う、うん」
もしかすると、クラス長の雑務があって残っていたのかも知れない。
「エーベル君とレノ先輩が捜してたよ?」
面倒くさい二人に捜されたくない。アーディは聞き流した。
ごそごそと机を探って教科書をまとめる。そうしてからヴィルの方を向くと、ヴィルはどこか物憂げだった。また、自分はクラス長に相応しくないとかそんなことでも考えているのだろうか。
「ヴィル、課外授業の時は助かった」
なんとなく、そんなことをつぶやいてみる。
「え?」
ヴィルはきょとんとした。
「僕はエーベルに構って課題そっちのけだったからな。ヴィルが石を回収してくれなかったら危なかった。ヴィルと組んで正解だったな」
すぐに自分を否定するヴィルだから、たまにはこうして言葉にした方がいいのではないかと思えた。実際、ヴィルはあの乱闘の中、八個もの石を拾ってくれた。エーベルは最初に十個以上手に入れたくせに、それをピペルに預けたために一度紛失し、再び集め直すという二度手間をしていた。それでもやっぱり十個はあったようで好成績で終えたのだ。
あの乱闘は成績としてマイナスなのか、それとも高度な術を使ったわけだからプラスなのか、アーディには判別しがたい。
ヴィルは戸惑ったように、それでも笑った。
「そんなことないよ。でも、少しでも役に立てたならよかった……」
穏やかな時間は、いつものごとく騒がしい声に遮られる。
「あー! アーディがいる!」
「ほんとだ、どこ行ってたの?」
「捜すのくたびれましたにゃー」
説明が面倒なので、アーディは『トイレ』のひと言で済ませた。
「個室まで開けて調べたけどいなかったゾ?」
エーベルにトイレの個室を開けて調べられた時、そこに誰もいなかったことをアーディは願った。
レノーレはその発言にさすがに引いている。アーディだってもちろん引いている。
「あんたストーカー!?」
「美少年は何しても許されるのダ!」
そんなわけはない。ふざけるな。
アーディはしなっと彼らの横をすり抜けて行こうとした。けれど、一人二人とすがるようについて来るのである。
「アーディ、遊ぼー」
「断る」
「じゃあ勉強しよー」
「一人でする」
「えーと、じゃあ眺めてる」
「ヤメロ」
「あんた、めげないわね……」
今日もまた、こうして一日が終わった。
【 3章End *To be continued* 】