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〈9〉拳で語れ

 圧倒的な力を見せるエーベル。波に押し流された生徒たちがあっぷあっぷしていた。

 フィデリオもどうやら流されたらしく、ずぶ濡れで泳いでいた。かと思ったら、ぐっしょりと水を含んだ使い魔の鳥を回収して、その尾羽を雑巾のように絞ってやっていた。なんとも物悲しい光景である。


 パァ、とエーベルの手もとが再び輝いた。また何かやらかすつもりらしい。

 その魔術の式を遠目に見て、アーディは愕然とした。

 精霊召喚である。それは二年生の課題であり、一年生が習っている分野ではない。中級精霊のようだ。これ以上ランクを上げると先生にうるさく言われるのがエーベルなりにわかっているのかも知れない。

 アーディは深々と嘆息した。


「……ヴィル、あいつをなんとかしないと課題どころじゃないみたいだ。僕はあいつの足止めをするから、その隙にひとつでも多く石を集めてくれ」


 ヴィルはええっと声を上げた。


「エ、エーベル君、何か大変なことになってるよ?」


 ヴィルがそう言うのも仕方ない。エーベルは水で象られたかのようなドラゴンの首に跨っていた。楽しげににゃはにゃはとはしゃいでいる。二年生がそれを見てレポートをまとめようとするのはどうかと思う。

 さすがにアーディもその光景を見ただけでどっと疲れた。課題を諦めて湖から逃げ出す生徒の多いこと。


「でも、仕方ない。相手してやる」


 アーディはエーベル相手に逃げるという選択がどうしようもなく嫌なのだ。

 ここは諦めて覚悟を決めた。高みのエーベルを見上げると、飛び回っているピペルがハエに見えたなんて言ったら怒られそうだ。


「おい、エーベル!」


 声を張り上げると、水のドラゴンに乗ったエーベルは悪戯っぽく笑っていた。


「なあ、アーディ!」

「なんだ?」

「ボクたち友達だよなぁ?」


 いきなりこの状況で友情を確かめられるとは思わなかった。思わず怯んだアーディに、返事を求めてはいないのかエーベルは畳み掛ける。


「友達はにゃ、拳で語って友情を確かめるらしいのダ!」


 はぁあ? と素っ頓狂な声がアーディの口から零れたのも致し方のないこと。

 ふひひひ、と不気味に笑いながらエーベルは言う。


「ピペルが学園に入学する時にそう言ってたんだ。もうそろそろ実践してもいい頃かなって思ってたのサっ」


 あの黒猫! とアーディが怒りを込めてハエのように飛び回るピペルを睨んだせいか、ピペルは本当にハエのように速度を増してグルグルと飛び回った。ボク、悪くないにゃーとでも言いたいのだろうか。


「……その拳で語るとやらはつまり、武力行使か?」


 あらん限りの重低音で問いかけたアーディに、エーベルはグッと親指を突き出して見せた。その浮かれた様子に、アーディの日々鬱積されたものが決壊した気がした。


「なるほどな」


 低い笑いがのどから零れた。

 遠くの方でディルク先生が何か叫んでいた気がしたけれど、故意に気づかないフリをした。

 ザッと周囲の水を払うようにして腕を振る。意識を集中し、指先に魔力を集めた。

 アーディの指が水を操るクヴェレ陣を描き出す。エーベルが面白そうに上から眺めていた。


 ラーグ・ラド・ティール・ダエグ――。

 陣に文字を刻み、術は青白い光を放って展開する。人の頭ほどもある水球をゴボリゴボリと泡のように水面から浮かび上がらせる。周囲がざわつくけれど、アーディはそれを耳に入れないように努めた。


「行けっ!!」


 魔法を展開し、水球の群をエーベルに向けて放った。放たれた水球は高速で水の竜の体を登るようにして飛んだ。水しぶきが陽光に煌く。

 けれど、エーベルは楽しげに、にゃししししと甲高く笑って水のドラゴンの首を蹴って指示を飛ばす。水のドラゴンは大きなあぎとをパッカリと開け、首を振るってその水球を飲み込んだのだ。アーディはとっさにいくつかの水球の軌道を変え、エーベルの背後から襲ったけれど、水のドラゴンの尾がそれを振り払った。そのついでにピペルが一緒に弾き飛ばされて湖水に落ちたが、可哀想だとは思わない。ぶにゃぶにゃ言いながら泳いでいる。

 水と水、アーディの放った水球はほぼ水のドラゴンに同化してしまった様子だ。


「さっすがアーディ! それだけの数を放って、ちゃんとコントロールできるんだからね」


 キヒヒヒヒ。腹の立つ笑いが降って来る。つまり、ダメージはゼロだ。

 エーベルはピペルのことなどお構いなしに水のドラゴンをザブンと歩ませた。湖面が大きく波打つ。アーディは踏ん張って堪えたけれど、ピペルはどこかに流された。毛が水を含んで重たいのだろう。けれど、まあいいかで済ませてしまう自分を感じたのはここだけの話。


「サテサテサテ、じゃあ行っくよー!」


 楽しげに、弾むようにエーベルは指先を掲げた。あいつが手加減なんて言葉を知っているわけがない。

 アーディはぐ、と拳を握って覚悟を決めた。


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