〈8〉バトル・ロワイヤル
先生方の気付けで意識を取り戻した生徒もいたが、あまりに腑抜けた状態で水に入るのも危険だということで参加者が激減した。まさかの事態である。
「うん? なんでみんな寝てるんだ?」
加害者にその意識はない。不可抗力と言えなくはない。
危険人物はどうあっても危険人物なのだ。
不思議そうに首を捻っているエーベルに、アーディはなんと言っていいのやらわからなかった。
まあいい。ヴィルはエーベルに耐性もついて無事でいる。自分たちのペアに支障はない。
先生方はこのまま課題を行うかどうか話し合っている。けれど、次に回してどうなるという話である。エーベルに非があるとも言えないので、エーベルを外すという選択もしづらいのだろう。
結局、今日参加できなかった生徒は後日補修という処置を取ることになったらしい。気の毒なのかどうなのか、アーディには判別しかねる。
ピペルは参加する生徒をきょろきょろと見回していた。女生徒が減ってしまったのが悲しいのだろう。けれど、同じくらい男子生徒も何故か減っている。アーディは深く考えないことにした。
この課題、お行儀のよい勝ち抜き戦ではなく、妨害ありの大乱闘戦である。人数が減ったのは喜ばしいことだ。
「ええと、じゃあ開始が遅れたけど始めるよ」
顔にトホホと書いてあるディルク先生がそんなことを言いながら笛を手にする。
エーベルはわくわくとして目を輝かせていた。アーディも少しだけ緊張した。
なんとなく目を向けると、フィデリオが使い魔を連れて構えていた。尾の長い何種類もの緑が混ざった鳥である。水色のパーカーを羽織ったフィデリオの肩に停まって落ち着いている。能力のほどはよくわからないけれど、フィデリオもエーベルの次くらいに要注意かも知れない。
ふと、フィデリオもこちらを向いた。そっと微笑むのはなんの余裕だろうか。
「位置に着いて――よーい、スタート!」
ピィーッと笛の音が脳天を突き抜けるようにして鳴った。湖畔にその笛の音が鳴り響いたのを、二年生は興味深そうに眺めていた。
「アーディ、がんばって!!」
と、レノーレが名指しで応援してくれたせいで二年生(男子)の敵意が自分に向いた気がした。しかし、二年生にもエーベルの被害者が出たようだ。一年生よりも距離があるだけ効果は薄いようだが。
バシャン、と一番乗りで水に飛び込んだのはやっぱりエーベルだった。にゃはははっと楽しげにはしゃいでいる。課題を忘れて水遊びに専念しているように見えたけれど、エーベルを気にしている場合ではない。
湖水に入ると、確かに水は生ぬるく感じられた。アーディの腰よりも少し水位が高いくらいだ。背の低いヴィルには深めかも知れない。
アーディは指先に魔力を集め、石を光らせる術式魔法陣を描いた。この程度なら一瞬だ。ポウ、と湖底に光る石の数は確かに三十ほどある。ただ――。
「ラーグ・ギューフ・ティール・エオー――」
エーベルが楽しげに魔術を展開しだした。ピペルはそのそばを蝙蝠のようなハネを出して飛んでいる。
「あの術式は――」
石を光らせる程度のものではない。もっと大掛かりな術式だ。
「ヴィル」
「え?」
「僕につかまってろ」
「ええ??」
ゴ、ゴゴ、と湖底が揺れた。
ヴィルは慌ててアーディのパーカーの裾をつかむ。アーディはとっさに術式を組む。
ラーグ・ニイド・エオロー――。
水に対する防護壁を周囲に張った。けれど、それでも湖の中に浸かりきっているためにまったく影響を受けないというわけにも行かなかった。湖が、まるで海のように荒れたのだ。大波が湖面を揺るがす。
ぎゃーという悲鳴があちこちで聞こえた。けれど、アーディとヴィルは多少の揺れはあったもののその場に残ることができた。ただ、急ごしらえの防護壁はすぐに消えた。
その隙に、エーベルは更なる術式を用いて周囲にあった湖底の石を手の平に呼び寄せた。石が自らの意志で――などと駄洒落を言っている場合ではないけれど、本当にそう見えたのだ。エーベルの手から零れ落ちそうなほどの丸いガラスのような石が飛び込んで来た。その数はざっと見ても十余り。
エーベルはにゃししと悪の魔術師フェルディナント=ツヴィーベルの子孫らしく邪悪に笑った。
「楽勝だにゃ」
水に潜りもせず、悠々と石を手にする。やはり、実力は桁違いだ。
「す、すごいね」
ヴィルもぽつりとつぶやく。けれど、感心している場合ではない。周辺の石はほぼエーベルに取られた。場所を移動しなければ石が手に入らない。
「ヴィル、場所を動くぞ」
アーディは石の輝きを目指して湖水を掻き分け進んだ。背後からエーベルの高笑いが聞こえる。