〈7〉アクシデント
「とりあえず、石を光らせる魔術は覚えたな?」
アーディはヴィルに訊ねる。作戦会議だ。
ヴィルはこくりとうなずいた。
「ラーグ・ニイド――で、こう」
「正解だ」
魔力もほとんど使わない術だ。けれど、ヴィルにとってはどうだろう。もともと魔術の苦手なヴィルには負担が皆無とは言えないかも知れない。けれど、その術だけは展開してもらわないと素早く石を拾えない。
「ところで、ヴィルは泳げるのか?」
念のために訊いた。ヴィルはまたこくりとうなずく。けれど、さっきよりも幾分自信に満ちていたように思う。
「うん! 小さい時は庭の池でよく泳いでたから」
ヴィルも貴族令嬢なはずなのだが、割と伸び伸びと育ったようだ。クラスメイトの中には水泳などしたこともないという生徒も多いと思う。アーディは物心ついた頃にはもう、川だの海だのに何故か連れて行かれては、水練と称して放り込まれたので泳げる。最初は本気で溺れていたような気もするけれど、兄が笑っていた覚えしかない。今にして思えばおかしな話だ。
「そうか。それは頼もしいな」
アーディがつぶやくと、ヴィルは少し照れた様子だった。向こうの方でエーベルとレノーレの喧嘩が白熱している気がしたけれど、気にしたら負けだ。
「他のペアへの妨害は僕がする。ヴィルは積極的に石を探してくれ」
役割分担はその方がいいだろう。
「う、うん。わかった」
とヴィルも力む。
そうこうしているうちに休憩時間も残り僅かだ。
しかし、一番厄介なのは間違いなくエーベルだ。あれをどうするのかが問題だろう。正面衝突はさすがに勝ち目がないと思う。
ピーッと、笛の甲高い音がした。休憩時間終了の合図だ。エーベルとレノーレはまだ物足りなそうな顔をしつつ、お互いの持ち場に戻った。ピペルは――あくびをしていた。
「さあ、そろそろ水に入る支度をして。湖の温度は少し上げておいたから、寒くはないと思うよ」
なんてことをディルク先生は言った。自然の湖に見えるけれど、魔術で管理することも可能なのだ。
一年生はそれぞれが体操着を脱ぎ始めた。男子生徒はあまり恥じらいもなく脱ぎ去るけれど、女子は水着姿をさらしたくはないようで、かなり渋々といった風だった。アーディがちらりとピペルを見遣ると、ピペルは大きな瞳を零れんばかりに見開いていた。
アーディは嘆息し、自分も支度をする。体操着の上下を脱ぎ、紺地のトランクス型の水着姿になると、素肌に白いパーカーを羽織った。なんの面白味もない姿である。
ヴィルは、オレンジとブルーのフリルになったつなぎの水着を着て、恥ずかしそうにいつもよりうつむいていた。華奢な四肢が眩しいほどに白い。ヴィルが恥ずかしそうにするから、それが伝わってアーディまで照れてしまう。あまりジロジロと目を向けるのもどうかと思い、アーディはヴィルから目線をそらしながら言った。
「じゃあ、がんばろうな」
「うん!」
その時、背後でざわりとどよめきが起こった。
アーディたちが驚いて振り返ると、なんてことはない。そこにはエーベルがいただけである。
ただ――。
あの美貌に、肌理の細やかな白い肌を惜しげもなくさらしている。水着はなんのこだわりもないアーディのものと似たような形の黒いもの。ただそれだけである。
当の本人は無頓着で何も気にしていない。アーディに言わせればただの男子生徒の水着姿だ。
けれど、他の生徒にとったら眩暈がするほどの光景であったらしい。ぱた、と一人倒れた。
その次の瞬間に、ぱたぱた、と立て続けに数人倒れた。倒れなかった生徒も魂が抜かれたかのような放心状態でへたり込む。
――なんだろう、この状況は。
倒れた生徒の多さとその介助にてんてこ舞いになった先生方。
「ん? なんか騒がしいな?」
エーベルもわざとではない。けれど、元凶ではある。
アーディは深々とため息をついた。
気を失った女生徒を心配するフリをして近づくピペルはアーディには痴漢にしか見えなかったので、急いで首根っこをつかんで回収した。にゃっにゃっと不平不満を表すけれど、アーディはピペルをエーベルに押しつける。
「うにゃ? ああ、ありがとう」
エーベルは深く考えずにピペルを受け取った。半裸の美少年に親しみを込めた笑みを向けられてもアーディは平然としていられるのだ。
「目を離すなよ」
そう釘を刺しておく。
「うん。アーディ、課題がんばるぞー!」
エーベルはにゃしし、と笑った。
不吉な予感がした。