〈3〉友人
関わりたくないあまり駆け去ったアーディの後を、あの美少年は迷わずに追いかけて来た。
「おお、教室に着いた。ご苦労だったな、少年」
と、ご満悦である。
アーディは疲れ果てて自分の机に突っ伏した。無視していても、美少年の声は図々しく割り込んでくる。
「ここだここ。ボクの席はここだな」
ちらりと横目で見遣ると、美少年の手には『エーベルハルト=シュレーゲル』と書かれたカードがあった。どうやら、この面倒くさそうなのとクラスメイトになってしまったらしい。エーベルハルトはトトト、アーディのそばにやって来ると名前を確認した。
「おい、アーディ」
馴れ馴れしい。ひどく馴れ馴れしいので、無視した。
すると、耳にふぅっと息を吹きかけられた。ビク、と顔を上げたアーディに、エーベルハルトは勝ち誇っりつつ偉そうに言った。
「ボクのことはエーベルと呼べ」
「……」
「お前は役に立ちそうだからボクの下僕にしてやってもいい」
「断る」
即答したアーディに、エーベルはうなずいた。
「遠慮するとは控えめなヤツだな」
「自分から下僕になりたがるヤツの方が変だろ」
「そうか?」
彼の美しい容姿はその異常さを成り立たせてしまうのかも知れない。でも、アーディはごめんこうむりたい。
「ええと、下僕が駄目ならどうするんだ?」
エーベルはポケットから小さな手帳を取り出してパラパラとめくった。そうして何かを見つけたようだった。
「これか。『友人』と。気に入ったヤツがいたらとりあえずは友達になって下さいと言え、だな」
――なんだろう、あの手帳は。
何か、ろくでもないことが記してある気がした。
「というわけで、お前はボクの友人だ」
「アホか」
思わず言ってしまった。エーベルはひどくびっくりした。
けれど、傷ついている風ではない。何か楽しそうだ。
「お前、面白いなぁ」
面白いつもりはない。なのに、エーベルはにゃしし、とよくわからない笑い声を立てた。その容姿を台無しにする下品な笑いである。
どう考えても変人だ。
入学早々変なのに絡まれた。アーディは疲れ果てて机に突っ伏してチャイムが鳴るのを心待ちにしたのだった。その間も、エーベルは楽しげにアーディにつきまとっていた。
☆
チャイムが鳴る頃に皆が続々と教室に戻って来た。
その時、エーベルの麗容に皆が息を飲んだのがわかった。エーベルは完璧な微笑を浮かべ、言う。
「ボクはエーベルハルト=シュレーゲル。このクラスの一員だ。よろしく頼むよ」
ザワ、と教室がさんざめいた。そう、普通にしていると世にも稀な美少年なのである。
ヴィルと呼ばれていた小柄で中性的な少年がじっとエーベルを見た。彼も可愛らしい顔つきをしているけれど、エーベルのように鮮烈ではない。
アーディが名前も知らない誰かが緊張した面持ちで言う。
「あの、どちらのお生れですか?」
下品な笑い方さえせずにいれば、エーベルには高貴な雰囲気が漂っている。この学園の子らは良家の子女が多いのだから、どこぞの名家の生まれだとしてもおかしくはない。
すると、エーベルはフフ、と背筋が寒くなるような声を立てた。
「この国の中でも古い家柄だと思うよ」
アーディはそんな会話を興味なく聞いていた。そんなことよりも、エーベルがいるせいでアーディのそばまで人が寄って来る。いい迷惑だった。
「あ、あの、エーベルハルト様、よろしければ俺と友達になって下さいませんかっ」
誰かがそんなことを言った。なんで『様』なんだとアーディは思う。
けれど、エーベルはにっこりと笑って言った。
「うーん、どうしようかなぁ」
「駄目なら下僕でいいです」
おい、とアーディは心で突っ込んだ。
そういうことを言うヤツがいるからエーベルが調子に乗るんだと。
もったいぶった様子でエーベルは頭を揺らすと、ちらりとアーディを見てそれから言った。
「とりあえず、ボクの一番の友達はこのアーディなんだ。だからごめんね」
ざわ、と周囲が騒ぐ。アーディは目立ちたくないだけなのに、気づけば厄介事が自分から擦り寄って来るのだった。
何か、羨望とやっかみの視線が刺さる。
エーベルの友達になんてなった覚えもないのだから、とんだとばっちりだ。
アーディの平穏な学園生活は初日から音を立ててひび割れ始めているのだった。
この、妙な少年のおかげで。