〈4〉準備物
そうして、課外授業の日がやって来たのだ。
恐ろしいことに課外授業の連絡を確認したら水着が必要であった。手持ちのない者は購買で買い求めるようにとのことで、アーディも渋々用意した。
で、体操着の下に着用しておく。体操着は白地に水色の襟とラインがアクセントの動きやすいものである。武術の授業なんかの時にも着用している。武術の授業は今のところ一週間に一度くらいしかないので一年生は誰の体操着を見ても真新しい。
それに運動靴、邪魔にならないリュックを背負って出発だ。
湖までどうやって行くのか。そんな生徒の問いに先生は笑顔で歩くんだと答えた。
授業の一環だったらそんなものだ。体を鍛えるために歩けと。
良家の子女ばかりの生徒だ。いつも馬車やら魔術での移動が多く、長距離を歩き慣れていないものばかりである。アーディもまたそうなのだが、体力はそれなりにある。歩けと言われて不満には思わなかった。
ペアになった二人ずつが横になって列を作る。アーディとヴィルの後ろにピペルを連れたエーベルが続いた。ピペルは蝙蝠のような翼を出してパタパタと飛んでいた。歩いていたら集団に踏まれるからだろうか。
上機嫌に見えるのは、やはり水着着用のせいか。
「エーベル様エーベル様、レノしゃんはどこでしょうにゃー?」
そんなことを言う。レノーレの水着姿を見逃したくないのだろう。
エーベルは白けた様子ではぁん? と半眼を使い魔に向けた。
「レノ? あいつは二年だからな。どっかソコラ辺だろ」
その適当な受け答えにピペルは肉球の手を振り回した。
「にゃ! ちゃんと居場所を押えておかなければダメですにゃー!」
「なんで?」
「だ、だって水着姿のレノしゃんですにゃー! 男子の視線が危険ですにゃー!」
仮に危険だとしてもレノーレなら自分で乗りきれるだろう。そうか弱いタイプでもない。
そして、そう言うピペルが一番ヨコシマなのは間違いない。
レノの危険を訴えるピペルをエーベルは鼻で笑った。
「僕は今日はトクベツ忙しいんだ。よってお前も忙しい。そんなこたぁ気にするな。以上!」
ピペルがにゃぁああ、と断末魔のような声を出して肩を落とした。
何がどう忙しいのか。
嫌な予感しかしないアーディだった。
むしろ気をつけて見ていないと不安になるのはヴィルの方だ。
途中の休憩ポイントで自由行動になった時、ヴィルはクラス長として隣のクラスのフィデリオと何か話していた。学年リーダーはクラス長も兼ねているようだ。トップが二人いてはややこしいので、それも仕方がないことだと思うが、フィデリオは忙しいだろう。
それでもニコニコと爽やかな笑顔を振り撒き、ヴィルに何かを教えている。ヴィルは一生懸命うなずきながらそれを聞いていた。
何せ、ヴィルは真面目なのだ。ああいう子にクラス長は重荷だったかも知れない。人様に迷惑をかけないように努めなければと肩肘を張っていて、見ていて少し気の毒になる。
ぼうっと座り込んで二人のやり取りを眺めていたアーディの背後――斜め上からエーベルが降って来た。
「ぐっ」
「アーディ、退屈なら僕と遊んでよ」
さっき忙しいと言ったのは一体誰だったか。
エーベルとスキンシップができるアーディに嫉妬の眼差しが刺さるけれど、こっちこそ誰かに代わってほしい。
「お前はピペルと遊んでろ」
「にゃああああ!!」
ピペルの叫びが全力で拒絶しているように聞こえた。
エーベルはけろりと言う。
「ピペルじゃ僕がすぐに退屈しちゃうにゃ」
何をして遊んでいるのか、聞くのも怖い。
「……もうすぐ出発だ。遊んでる暇もないだろ」
そう言うと、エーベルはそれもそうかと納得したようだった。
「そだねー。まあ向こうに着いてからでいいか」
湖に着いて課題があったとしても休憩時間くらいはある。エーベルはそう言いたいのだろう。
そんなやり取りをしている間にヴィルが戻って来た。
「あ、ヴィルしゃん。お疲れ様ですにゃー」
カワイコぶったピペルがヴィルに言うと、ヴィルは苦笑した。アーディはその笑顔が少し気になった。
「どうかしたのか?」
思わず訊ねると、ヴィルはサラサラの銀髪を振った。
「ううん。なんでもないの。がんばらなきゃなと思って」
「いつだってがんばってるだろ」
思わずそんなことを言ってしまった。ヴィルのやる気に水を差してしまったかと思ったけれど、ヴィルはありがとうと言って笑った。