〈2〉ペア
土壇場になってギャアギャア言われるのも面倒なので、アーディは早々に言った。
「今度の課外授業、僕はヴィルと組むことになった」
エーベルは可愛らしく小首を傾げて見せた。けれどそれを可愛いなんて思わない。思ったら負けだ。
「カガイジュギョウ? カガイなぁ」
とぷちぷち言い始めた。けれど、騒ぎ出したのはエーベル以外のクラスメイトである。
「おい、聞いたか!? バーゼルトのヤツ、エーベルハルト様と組まないらしいぞ!」
「じゃあ、エーベルハルト様は誰とっ!?」
外野がうるさい。アーディは嘆息した。
「お前は好きにしろ」
そうエーベルに言い放つと、エーベルはゾッとするような笑みを見せた。艶然と言うべきか、凄みのある微笑である。
「好きにね。それは楽しみだ」
と、それ以上のことを言うでもなく帰り支度を始めた。
正直に言うと、アーディはボクと組むのだ! とか言って騒ぐと思った。あっさりとした物言いにアーディは不吉な予感がした。ヴィルも何かよからぬものを感じ取ったらしく、隣でオロオロし出した。
「あの、エーベル君、もしかして傷ついたんじゃ……」
その発言に、アーディの足もとに取り残されていたピペルがププと笑った。アーディ以外に気づいた者はいないようだが。
「そんな繊細なタイプか、あいつが。ヴィルは気にしなくていい」
ため息混じりにそう言うと、アーディは足もとのピペルを教室の隅で吊るし上げてひそひそ声で言った。
「なんだあいつのあのリアクションは?」
「何って、言葉通り楽しみにしとるんだろ」
猫かぶりサービスがない、ジジむさい枯れた声でピペルはうそぶく。
「あーあ、なんかやらかすぞい」
「どういうことだ?」
「どうもこうも、ああいう顔をするときゃぁ大抵ろくなことを考えとりゃせんのだ」
「……」
更に不吉な情報である。
エーベルはその昔世界征服を企んだ悪の魔術師フェルディナント=ツヴィーベルの直系の子孫であり、並外れた魔力と魔術の才能を持つ。何かをやらかされたら大変なことになる――かも知れない。
ピペルはぶらんとぶら下げられたまま、アーディを鋭く見据えた。
「時に、おぬしに訊ねたいことがある」
「……」
ぎくりとした。
ピペルはアーディの魔力に似たものを知っているようなと以前つぶやいた。古株魔族だというピペルは長生きしているわけで、王家の血筋の者との接触がもしかするとあるのかも知れない。
正体をばらしたくないアーディは警戒しているつもりで、ピペルが魔族らしくないのですぐに気を抜いてしまうのだった。
今更だが構えたアーディに、ピペルは宙ぶらりんのまま真剣な目を向けた。
「課外学習とやらが湖ということは水辺じゃな。水辺ということは水着着用かの?」
アーディはがっくりと脱力する。そうだ、この黒猫の興味はその程度なのだ。
「知るか」
「知らんのか!? おぬし水着も着用せんと水に入るのか? なかなかのツワモノよの」
冷え冷えとした心境でピペルを吊るしていた腕を上下に振ってやった。いひやぁ、と変な声がした。
「水に入るのかどうかなんて知らない」
「いや、水着の用意はしておくべきだろう。特に女子! なるべくこう、露出多めのせくしーな」
「……」
でひゃひゃひゃと笑っている。
猫のくせに好色だ。
そこでふとアーディは思った。
「お前もついて来るのか?」
ピペルは少し唸った。
「多分連れて行かれるだろうのぅ。ま、眼福のようであればワシは構わん」
そんなに水着姿の女子が見たいのか。アーディは呆れてつつぶやく。
「おい、猫は水が苦手なんだろう? 大丈夫なのか?」
濡れそぼって大変なことになるとアーディなりに思ったのだが、ピペルはケロリとしていた。
「ワシはこう見えて猫じゃないからのぅ。平気だ」
その外見で猫じゃないというのは詐欺だろうに。
とにかく、とアーディは深々と嘆息した。
「あいつが暴走したら止めろよ」
「はぁん? 止めれるハズがなかろうが」
馬鹿げたことを言うなとピペルの目が語っている。ピペルは生徒たちが湖なのに波に飲まれようとどうでもいいらしい。
「水着大会、ポロリありかのぅ」
にゃしし、と主人そっくりに笑った。
アーディがどっと疲れたのは言うまでもない。