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〈1〉課外授業

 ここはイグナーツ王国最大の学び舎アンスール学園。良家の子女が通う全寮制の学園である。


 そこに通う一年生、アーディ=バーゼルトは今日も深々と嘆息していた。

 茶色の髪と瞳に平凡な顔立ち。十五という年齢に見合ったごくごく平均的な体躯。それに加え、目立つことを嫌う事なかれ主義な性格。それがアーディという少年であった。けれど、彼の出自だけは平凡とは言いがたかった。

 本名をアーデルベルト=ゼーレ=イグナーツといい、これでもイグナーツ王国の第二王子なのである。

 そんな身分は隠して学園に通っているため、傍目にはただの地味な生徒であるけれど。


 王子という身分を越えた、自分個人を見てくれる友達がほしい。そんな理由から学園に通っているのではないことだけは確かだった。

 アーディは構ってくれるなという空気を前面に出しているにも関わらず、毎日毎日とある男子生徒につきまとわれていた。


 エーベルハルト=シュレーゲル。

 癖のない金髪をひとつに束ねた、神秘的とも言えるほどに整った風貌の少年である。美しさは類稀ながらに、その性格はアーディにはすでに理解不能である。理解する気がないとも言う。

 友達だと言ってはアーディに絡むのだが、エーベルハルトことエーベルは正直に言ってトラブルメーカーというやつだ。巻き込まれたくないと願うアーディのことなどお構いなしに、エーベルは自分を貫くのであった。



     ☆



「課外授業?」


 アーディは教科書をカバンにしまいながら小首をかしげた。アーディのそばに立つ小柄で中性的な少女はヴィルフリーデ=グリュンタール。通称ヴィルというアーディのクラスメイトである。魔法学が苦手だけれど、それ以外はそこそこにこなす真面目な生徒だ。このクラスのクラス長にされ、何かあるとはこうしてアーディに相談するのだった。


「うん、七日後だよ。年中行事一覧にあったと思うんだけど」


 あったような、なかったような。興味がなかったせいで覚えていない。


「課外授業ってことは校舎の外に行くんだな?」


 ヴィルはこくりとショートカットの銀髪を揺らしてうなずいた。背が低いのでつむじがよく見える。


「一、二年生はハーフェン湖だって」


 このアンスール学園の敷地は小国ほどに広い。湖も山も森もあるのだ。行ったことはないけれど、学園の地図にはちゃんと描かれていた。ハーフェン湖はフルス川に連なる唯一の湖だという話だ。


「湖なぁ」


 面倒くさいとばかりにアーディはつぶやく。事実面倒なのだ。

 それでね、とヴィルは申し訳なさそうに言う。


「湖では魔術学の実戦をするらしくて。それで、当日は二人一組になれって言われるから、みんなにそれをあらかじめ連絡しておかなくちゃいけないの。誰と誰が組むか、大体は決めておかないと。それはいいんだけど――」


 クラス長のヴィルにはそうした仕事がある。長とは言うが雑用係のようにも思われる。

 そんな失礼なことを思ったアーディに、ヴィルはしょんぼりと告げた。


「私、魔術学が苦手だから、ペアになった相手に迷惑をかけちゃうと思うの。それでできれば行かずに教室で自習していたいんだけど、クラス長がそれじゃ駄目かもって気持ちもあって、こんなこと言いづらいんだけど、一日だけクラス長を――」


 代わってくれと。


「嫌だ」


 アーディは最後までヴィルの言葉を待たずに即答した。言葉を選ばなかったせいでヴィルは固まってしまった。そうしてカァッと顔を赤くし、心なし潤んだ瞳を隠すようにうつむいた。


「ご、ごめんね。甘えたこと言っちゃって」


 そんなヴィルの様子にアーディはため息をついた。


「そうじゃなくて、僕とヴィルが組めばいい。それで問題ないだろう?」

「え?」

「苦手だからって避けるな。単位に響く」


 正論である。ただし、アーディのせいでヴィルがクラス長になるハメになったという経緯は誰も知らない。そこが多少心苦しいのは秘密だ。


「そう、だけど……」


 戸惑うヴィルにアーディはムスリとした仏頂面で言う。


「僕じゃ不満か?」

「そ、そんなことないよ!」

「じゃあいい」


 真顔でうなずくアーディに、ヴィルは戸惑いつつも笑顔を見せた。


「いつもありがとう、アーディ」


 ――さて、話は丸く収まったかに思える。

 けれど、実際はこじれただけなのだ。

 一番の難問はこの時お花摘み(トイレ)に出かけていたのである。いるとアーディに話しかけられないので、ヴィルはアーディが一人になった時に相談したのだろう。


「ふぃぃ、スッキリしたぁ」


 なんて言いながら戻って来た。妖精か天使か名工の手から造り出された彫刻か、美貌のエーベルは他生徒の中ではトイレに行かない設定になっている。しかし、普通に行っているようにしか見えない。

 しかもあんなでかい声が聞こえないはずはない。どうなっているんだとアーディは皆に問いたかった。


「それはよかったですにゃー」


 いちいちリアクションしてくれるのは使い魔の黒猫ピペルだけである。

 この黒猫、大層な猫かぶりで実はジジむさい。けれどアーディは情けでカワイコぶるピペルの化けの皮を剥がないのだ。あれもまた、やりたくてやっているわけではないのだから。


 はた、とエーベルと目が合った。アーディはその笑顔を仏頂面で受け流す。


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