〈11〉猫ですから
ゴーロゴーロゴーロ。
のどもとをレノーレに撫でられピペルが上げる音である。
「あいつのワガママに付き合わされて、あんたも大変ね」
「そ、そんなことはないのですにゃー。ボクはエーベル様の使い魔ですにゃー。当然のお役目なのですにゃー」
「……」
アーディがレノーレの腕の中で恍惚としている黒猫に白い目を向けていようと、黒猫はお構いなしである。無理した作り声でカワイコぶっている。
「ほんと、あいつには勿体ない健気な子なんだから」
レノーレに頬ずりされた瞬間にピペルの顔がだらしなくゆるんだ気がした。ヴィルは気づいていないようで、おずおずと近づくとピペルに手を差し出す。
「えっと、ピペル君、私はヴィルフリーデ。ヴィルって呼んでね。よろしくね」
ピペルはヴィルの顔をじぃっと見つめると、その手に肉球を乗せた。
「はい、ヴィルしゃん! よろしくですにゃー!」
ヴィルが肉球に胸キュンしている様子が見て取れる。
「……」
アーディが何か言いたげにしていてもピペルはひたすら無視である。
女子にちやほやされ、どう見てもデレデレしているうちにピペルは学園長室へ運ばれた。ピペルはそこでエーベルと再会するまでエーベルのことなど忘れていたのではないだろうか。そうでなければ、こんなにあっさりと連れて来られたとは思えない。
「ピペル!」
振り返ったエーベルがぷぅっと頬を膨らませた瞬間に、ピペルは現実を思い出した様子だった。レノーレの腕の中でびくぅっと身体を強張らせた。毛が、憐れなほどに逆立つ。
「遅かったじゃないか」
にこ、とエーベルは麗しく微笑んだ。そういう真っ当な顔をした時ほど、あの顔が凄みを増すことはない。
「にゃー、にゃー……ま、迷子になってしまいましたですにゃー!」
うるうると目に涙を溜めている様はまるで心細さに震えているようだが、実際はエーベルの仕打ちが怖いのだろう。
「そうかそうか」
淡々とそう言うと、レノーレの腕からピペルをもぎ取り、エーベルは学園長に向き直る。
「どうですか? 大人しいでしょ?」
だから許可をくれと言うのだ。学園長はピペルを一瞥するとそこから視線を外して部屋の一番後ろにいたアーディに目を向ける。
「バーゼルト君はどう思うかね?」
こっちに振るなと言いたい。とっさに返事ができなかったアーディだったけれど、エーベルはピペルを吊るし上げて楽しげに言った。
「もし許可が下りなかったら、お前はまた留守番になってしまうな。随分退屈してるみたいだから仕事も増やしてやらないと。そうだなぁ、ボクが卒業するまでに城でも建てて待っててくれるか?」
ピペルの顔がとんでもなく崩れた。それは正しい反応だろう。
「し、城ですかにゃー?」
「うん。王城より立派にな」
どこまで本気かと問われたら、エーベルはどこまでもと答えるのだろう。
ここでエーベルに小突き回されるか、地方で一匹、孤独に城を建設するか、どちらがピペルにとっての快適ライフなのだろうか。アーディには判別がつかない。
「あんたね、いい加減にしなさいよ。城なんて建てたらうちの領地にはみ出すでしょ。即、叩き潰すからね」
レノーレがそう凄むけれど、エーベルはすでに聞いていない。
アーディはちらりとピペルを見遣った。黒猫はアーディに助けを求めているような気がした。城なんかできるかバカタレが! と心で叫んでいるような。
アーディは嘆息した。
「……城が建ったら近隣住民の迷惑になるので、エーベルの部屋の片づけをしてもらった方が世の中のためですね」
エーベルはアーディの発言の影響力を知らない。それでもただ単に喜んだ。
「さっすが親友ぅ! アーディはボクの味方でいてくれるんだよね」
露骨に嫌な顔をしたアーディに目を向けず、エーベルは浮かれている。ついでに両手をつかんで振り回されたピペルは目を回した。学園長はふむ、とうなずいた。
「まあ、それほど大きな力を持って害をなす様子もないことだ。許可しよう」
やったー、とエーベルはピペルを放り投げた。けれど、受け止めなかった。ぺちょ、とピペルは地面に落ちる。
「えっと、まずは部屋の掃除からだにゃん」
などとエーベルは頬に指を当てて可愛らしく思案している。
地面に伸びたピペルをレノーレがそっと拾った。よしよし、と撫でる。
「あたしもついてるから、がんばるのよ?」
「レ、レノしゃん!」
ぶわ、と涙を浮かべてレノーレに甘えるピペル。
どうやらピペルはレノーレがお気に入りのようだ。
それにしても、酷い猫かぶりである。いや、猫だからこれも許されるのだろうか。