〈10〉本音
「そそそそそ、そう言えばエーベル様の後ろにいたニンゲン!」
一応認識してくれていたらしく、ピペルはそんなことを言った。慌てふためきつつ、ピペルはゲホンゲホンと咳をした。そうして、さっきの嗄れた声とは明らかに違う甲高い作り声で言うのだった。
「ボ、ボクはピペル! エーベル様の忠実な使い魔だにゃー! よろしくお願いしますだにゃー!」
目をキラキラと輝かせ、全力で媚びる。けれど、可愛いもの好きでもなんでもない男子のアーディに大した効果はなかった。むしろ――。
「……」
――すごく無理をしているのが目に見えた。
アーディがあまりの痛々しさに思わず憐れみの目を向けたせいか、ピペルはつぶらな瞳に大粒の涙を溜め、盛大に泣き崩れた。
「ぶわあー!! ワシ、こう見えて結構な古株魔族なんだぞ! 『にゃ!』なんてカワイコぶって何が面白いってんだコンチクショウめ!! 魔族連中に見られたらワシ恥ずかしくて悶死するぅぅ」
なかなかに切実な嘆きだった。
どうやら主にああいう喋り方を強要されているようだ。
芝の上に突っ伏して肉球を地面に叩きつけるピペルに、アーディはおずおずと声をかける。
「そんなに嫌なら断れよ」
すると、ピペルは顔を上げてアーディをキッと睨んだ。
「それがぁ、できるんならぁなんの苦労もしとりゃせんのだ!!」
こっちに当たられても困る。けれどアーディは辛抱強く聴いてやることにした。
「エーベル様は三歳の時からそりゃあもう手のつけられない――ほにゃららら――で、がっちり隙のない契約術式を書き上げ、ワシを使い魔とした。使い魔使いの荒いこと荒いこと! 猫っぽいのにその喋りはオカシイだろう、ちゃんと猫らしく喋れとか、洗濯物はしわを伸ばしてから干せとか、食事にピーマンは入れるなとか! ワガママ放題!!」
「……」
「ワシゃあなぁ、これでも魔族なんじゃい! 何が悲しゅうて家政夫代わりに! いつの間にか得意料理はタンドリーチキンになってしもうたわ!! 部屋を丸く掃く輩を見ると腹が立って仕方ないんじゃ!! ワシはこのままでは魔族としての誇りを失ってしまう! ――そう危機感を持った頃、エーベル様が学園に入学すると仰る。使い魔は連れて行けぬと。それが、それが……っ!」
「……」
無言で聴いていたアーディだが、怒涛の愚痴に、あーはいはいと言った心境である。気の毒ではあるような、もともと素質があったのではないかと思う気持ちがせめぎ合う。
しかし、あの肉球でどうやって家事をこなすのか、そっちの方が気になったりもする。余計なことを考えたせいか、ピペルにため息をつかれてアーディはギクリとした。
「最初、エーベル様はなんとかしてワシを連れて行こうとしたのだ。それをなんとか宥めすかして、コミュニケーションの極意を手帳に記して見送ったというに」
思い出した。
エーベルが出会ったあの日に取り出した手帳。気に入ったヤツがいたら友達になれだのなんだの書いてあった。使い魔にそんなことを教えられているのもどうかと思うが。
そこでピペルはじぃっとアーディを見上げた。
「おぬし、まさかエーベル様の友人か?」
「……」
「なーんて、まさかのぅ。あの性格じゃムリムリムリ。口さえ開かなければいくらでもできるだろうが、口を閉じたら最後、鬱憤が溜まって奇行に走るからどの道ムリよのぅ」
ケケケ、と笑っている。忠実という性質はどうやら錯覚のようだ。
アーディは嘆息した。
「エーベルがお前を学園で使役する許可が下りるかも知れない。どうしても嫌なら許可が下りないように先生方に頼むけれど、そうするととある生徒がとばっちりで酷い目に遭うかも知れない」
「はぁん? とある生徒がとばっちりで酷い目に遭えばワシの快適ライフは保たれるのか?」
さすが魔族。ぬいぐるみのような外見のくせに容赦がない。見た目と中身が一致していないのは主と同じだ。
どうしたものかとアーディが思案していると、レノーレとヴィルが到着した。
「うわ、ほんとにピペルがいる。久し振りねぇ」
レノーレは今日もふわりとした髪をリボンで止め、隙なく身だしなみを整えている。短めのスカートの裾を気にしつつピペルのそばへ膝をついた。
「レ、レノしゃん」
また甲高い作り声である。エーベルにばらされると困るからだろうか。
ふわりとピペルを抱き上げたレノーレに、ピペルは大人しいものである。
アーディの横でヴィルが微笑みながら言った。
「大人しい子みたい。さっきはきっと驚いたんだね」
「……」
なんと答えるべきか、アーディは困ってしまった。目の前でレノーレに抱かれたまま体をすり寄せ、普通の猫にしか見えないピペル。それとも、さっきのアレは幻だろうかとアーディは頭が痛くなった。