〈6〉おねだり
というわけで、さっそく教員棟に向かう。教員棟にはそれぞれの先生方の部屋が設けられており、とりあえずはアーディたちの担任ディルク=エッカート先生を訪ねることにした。
一階の南側にあるネームプレートのついた黒っぽい扉を叩く。プレートの色でいるのかいないのかがわかる。今はここにいるはずだ。
ちなみにエーベルが扉を叩くと滅多打ちにするからアーディがノックした。
「はいはい」
中から軽い声がしてディルク先生が扉を開けてくれた。眼鏡がちょこんと乗った童顔を優しく綻ばせる。
「やあ、どうしたんだい?」
ディルク先生もアーディとエーベルの正体は知っている。けれど、普段はそれをおくびにも出さない。ほんわかとした雰囲気をしているけれど、実は案外肝が据わっているのだろう。
「先生にご相談があって来ました」
アーディが丁寧にそう言うと、ディルク先生は少し驚いた風に仰け反った。
「そ、相談? え、えっと、ちょっと待って」
パタパタと部屋に引っ込むと、テーブルの上に散らかった書類を片づけ始めた。それをまとめ終えると、四人を部屋に誘う。
「はい、座って話そうか」
その言葉に甘え、皮のソファーにアーディたちは腰かけた。エーベルがアーディの隣に座ったものだから、飛び跳ねるエーベルの振動のせいでアーディまで終始ぽよぽよと跳ねるハメになっていた。
「で、相談って何かな?」
ディルク先生は年若い。生徒から相談を受けた件数などないに等しいのか、妙に緊張している。しっかり答えなきゃと意気込む姿勢を見たら、アーディはひどく申し訳ない気持ちになった。しょうもないことを言いに来てごめんなさい、と。
エーベルはお構いなしである。ソファーでぽよよんと飛び跳ねながら言った。
「ボクに使い魔を使役する許可を与えてほしいんです。学年リーダーとやらにならなければ駄目だっていうならなってもいいですけど、できればならずに許可がほしいです」
「えぇえ? なんでまた?」
先生が戸惑おうが、エーベルはにゃは、と笑っている。
「いないと不便だから」
「そうなの!?」
なんというか、素直な先生である。真剣に悩み出した。
「うーん、確かに便利なんだけど、使い魔は学園から支給された数しかいないんだ。一年生の使い魔はベルンシュタイン君が使役するから、新たに契約を結ぶのは――」
「ボクにはボクの使い魔がいるから、それを学園に呼びたいだけです」
平然とそう言ってエーベルはふんぞり返る。先生はぽかんと口を開けた。
「エーベルハルト君は優秀だし、がんばっているからできればそうしてあげたいんだけど。そうだね、学園長に一度窺っておくよ」
がんばってる。試験の結果がよければがんばっているうちには入れてもいいのだろうか。
否定するわけではないけれど、能天気な姿を見ていると釈然としない。
でも、エーベルはキラキラと顔を輝かせた。
「さすがディルク先生! 頼りになる」
「え? や、そんなこともないけど」
てへへ、と照れた先生に、エーベルはフヒヒと笑う。何かあくどい。
「じゃ、ヨロシク」
鼻歌まじりに上機嫌で部屋を出るエーベル。ヴィルとレノーレもなんとなく女子寮に戻って行った。
アーディはそのまま男子寮に向かうと見せかけて来た道を戻った。そうして、学園長室まで向かうのである。
「アーディ=バーゼルトです。入ります」
ノックをしつつそう言うと、扉は自動で開いた。中には先にディルク先生がいた。
どうやらディルク先生は学園長にエーベルの要求を途中まで伝えてくれたようだ。皺の深い顔で学園長はアーディににこりと微笑む。
「使い魔ですか。さて、どうしたものでしょうねぇ」
そう言う学園長に近づくと、アーディは嘆息した。
「許可が下りないと、あいつはフィデリオに決闘とか言い出して迷惑をかけると思います。できればそれは回避したいのですが」
「私どもとしてはあなた様にも危害が及ぶことがあってはならないと考えてしまいます。あなた様に危険はないとご自身で思われますか?」
「多分」
エーベルはアーディを友達だと言う。その使い魔がアーディを傷つけるとは考え難かった。だから、そんな心配はしていない。
そうですねぇ、と学園長はディルク先生に言った。
「とりあえずは彼の使い魔を検分してみましょう。明日の放課後、ここへ来るように伝えて下さい」
それを聞き、アーディはほっとした。これでエーベルがフィデリオに迷惑をかけることはなくなるだろうか。