〈12〉そりゃあ変な
その晩、ピペルはというと、またしてもアーディのところへやってきた。
「どっこらせーっと!」
可愛くない掛け声と共にベッドに飛び乗る。
「部屋の片づけは終わったのか?」
「おお。エーベル様の部屋くらいまだマシだ。食事は食堂だしの。生ゴミがないのは嬉しいのぅ」
と、ピペルは上機嫌だった。ユラユラと揺れる尻尾がすべて物語っている。
生ゴミまで散らかされた日には確かに泣きたくなるのもわかる。多少はい労わってやるべきだろうか。
ただ――。
「お前がいないとエーベルも人間的な生活ができなくなってるぞ。ちょっとは自立させろ」
ピペルが家事に特化した使い魔であるのはよくわかるのだが、これでいいのだろうかと。
すると、ピペルは真顔で言った。
「何を言うておる? エーベル様だぞ? ワシがいなかったら別の使い魔を捕まえてやらせるに決まっておる。ワシだって最初から家事が得意だったと思うなよ」
確かにそうだ。自分でやるより適当な使い魔にやらせそうだ。
それでも、エーベルはピペルがいいのだろうけれど。なんというのか、小さい頃から持ち合っているぬいぐるみのような愛着というのだろうか。汚れても捨てられないやつだ。
エーベルは気に入ると、とことんしつこいから。
アーディはため息をつき、つぶやく。
「前に、エーベルの母親はあんまり家にいないって言ってたよな。珍しく帰ってきたんだな」
「そうだ。エーベル様が学園に入学したことすらご存じなかった」
「……え?」
「いや、エーベル様は知らせたはずだ。記憶がすっ飛んでおるのは母上様の方だの。なんせ目の前のことに集中すると他が疎かになるのでの」
それにしたって息子に無関心すぎないか。
アーディが戸惑っていると、ピペルがため息をついた。
「普通の親子関係を当てはめるな。あの親子はそりゃあ変なのだ。親子というよりは師弟のような、魔術あっての繋がりだ。だから、エーベル様が母上様の術を破ったことをもしかするとお喜びかもしれんのぅ」
エーベルが規格外なのだから、その母親だって規格外だ。突っ込んでも仕方ない。
ただ、ピペルは嫌なことを言った。
「母上様がのう、エーベル様がどうして学校なんかに通いたがるのか気が知れないとおっしゃったのでな、一応言っておいたぞ。友達ができて浮かれておると」
「…………」
それはもしかしなくともアーディのことなのだろうか。
ちょっとゾワッとした。
ピペルはどうでも良さそうに転がっている。
「母上様はエーベル様にご先祖様のような立派な魔術師になってほしいとお考えでの、友達とつるんでいるなんて普通の子供みたいなことは嬉しくないだろうのぅ」
「あの親子は世界征服でもしたいのか?」
げんなりとしてつぶやいたが、それはあながち間違いでもなかったようだ。
「可能ならやるかもしれんのぅ。呵々大笑しながら侵略しそうだ」
「…………」
アーディの脳裡にエーベルのおかしな哄笑が響いた気がして、思わず額に手を当てた。
そんな未来は来ないでほしい。
「今のエーベル様は世界征服よりも学園生活が楽しいらしいからのぅ。よかったの」
ケケケ、と笑っている。
笑っていた――のだが、いきなりピペルが黙ったかと思うと痙攣し始めた。
「ピ、ピペル?」
ストレスでおかしくなった。
アーディが珍しく焦って駆け寄ったら、ピペルはガラス玉みたいな目でじぃっとアーディを直視していた。
――不気味だ。
ピペルが男を見つめるなんて、そんなのおかしい。何かが変だ。
そう思ったのも束の間、ピペルはハッとして飛び起きた。
「お、ぉう? ワシ、今寝てたかの?」
「今の、寝てたのか?」
「なんかふと意識が途切れたのでな」
「嫌な寝方だな」
寝ていたらしい。
「……疲れてるんだろ。部屋に戻って寝ろ」
「ワシ、繊細だからの。疲れとるらしいの」
どっこらしょー、という掛け声と共にピペルはコウモリのような羽を出して夜空に飛び出していった。
――アーディも、もう寝ようと思った。
☆
イグナーツ王国の片隅の小さな一軒家にて。
「友達ねぇ」
控えめに言って雑多な部屋の中、何者かが蠢く。
「地味な子ねぇ。でも、ちょっと面白そうではあるけど。もうちょっと遊んでみようかしら。ええと、術に必要な資料は――」
ガサガサガサガサ。
「ピペルったら、適当に片づけたわね。どこにあるのかさっぱりわからないじゃない」
そのつぶやきをピペルが聞いたら嘆いただろう。
ボク、その辺りには触ってませんにゃん、と――。
【 12章End *To be continued* 】




