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ストーム ~学園の謎~  作者: 五十鈴 りく
✤12章✤

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〈11〉無理

 少し日が傾き、薄暗い中庭。

 そろそろ寮へ落ち着かないと注意される時刻だ。


 それでもエーベルはお構いなしに魔法陣を描き始めた。エーベルの指先から放たれた赤い光が筋になって残っていく。それらは夜空の流れ星のように綺麗だ。


 前回の召喚と何が違うのか、アーディにもわからない。

 ただ、エーベルがとんでもなく真剣だということだけは伝わった。


 いつもふざけきっていても成果を上げてしまうエーベルがここまで真面目に取り組むのなら、それは本気で難しいことを行っているのかもしれない。


 アーディはヴィルとレノーレと一緒に黙って成り行きを見守っていた。


「――だからして、うん、合ってる。ここは、こっち……」


 ブツブツとつぶやき、そしてエーベルは円形の陣を確認し、うなずいた。


「ヨシ! 行ける! ピペル、ボクのもとへ来い!!」


 エーベルが告げると、魔法陣に変化が起こった。クルクルと回り始め、広がっていく。

 この光景は以前も見たことがあった。そして魔法陣が光り、黒い影が浮かび上がる。

 緑色のリボンをした猫――ピペルだ。


 丸くなっているピペルは震えていた。


「おーい、ピペル!」


 エーベルが呼びかけたら『ワシには休暇も許されんのかッ』と激怒すると思った。いや、できないだろうから心の中で。


 しかし、この時。アーディが予想もしなかったことが起こった。

 ピペルはエーベルを見るなり、ブワッと目に涙を浮かべて喜んだのだ。


「ああっ!! エーベル様! お会いしたかったですにゃん! とってもとってもお会いしたかったですにゃん! 呼んでくれてありがとうですにゃん!!」


 ――嘘だろ、とアーディだけが白けた顔をしていた。

 エーベルはというと、その異常なピペルを普通に受け入れている。


「まったく、ピペルがいないから寝過ごしちゃったじゃないカ。明日からちゃんと起こしてくれないと」

「わかりましたですにゃん! お部屋も綺麗にしておきますにゃん!」

「…………」


 アーディはこのやり取りにどうしていいかわからなくなった。

 ヴィルとレノーレは驚いてはいないようだ。レノーレは冷静にピペルに問いかける。


「ピペル、急にいなくなるなんて、どこにいたの?」


 すると、ピペルは思い出したのかゾゾッと身震いしていた。


「魔界か?」


 里帰りしたいと言っていた。そうではないのか。

 アーディの言葉に、ピペルは首をブルブルと振った。


「ち、違いますにゃん。エーベル様のおうちですにゃん」

「エーベルくんの?」


 ヴィルもきょとんと目を瞬かせる。

 けれど、エーベルはもうすべてわかっているような顔をしていた。


「そー。マムが呼んだんだナ」

「えっ?」

「ボクの召喚を無効化するナンテさ、そんなことするのマムくらいダ」


 要するに、エーベルの母親が家にいて、ピペルを呼んだと。

 ピペルは、ガクガクブルブル震えている。


「は、母上サマ、は、ひ、非常、に、に、に……」


 トラウマになるほど恐ろしい目に遭ったのか。エーベルに呼び出されて歓喜の涙を流すくらいだからよっぽどだ。

 エーベルはうなずく。


「ボクとマムはそっくりだからナ」


 その発言だけでもうつらい。聞きたくない。


「掃除しても掃除しても綺麗にならない部屋! 無理ですにゃん! あんなの無理ですにゃん!」


 無限汚部屋はピペルの限界を超えたらしい。それはアーディも無理だ。

 このピペルの様子から察するに、エーベルの母親よりはエーベルの方がほんの少しマシなのだろう。恐ろしい親子だ。


 エーベルはピペルが帰ってきたからか上機嫌だった。ピペルを抱き上げてグリグリと頬ずりしている。


「マムの術を破れたの初めてダ!」


 それが嬉しいらしい。

 にゃしし、と笑った。ピペルはちょっと嫌な顔をしたが、ちょっとだけだ。


「エーベル君のお母様って、色々とすごそうだよね」


 ヴィルがポツリと言った。アーディも同感だ。

 エーベルの能力、容姿、性格――そんなものが備わった人間がもう一人いるとは考えたくもないところだ。二人に挟まれたらピペルはつらいだろう。


 エーベルの母親ということは、彼女も悪の魔術師フェルディナント=ツヴィーベルの子孫だということ。多分王族のアーディは気に入られない。学園にいてうっかり会うことがないのは幸いだ。


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