〈2〉使い魔
入学して早一ヶ月。
学園は基本的に個人のペット厳禁である。ただし、そこには例外というものがある。
ペットは駄目だけれど、使い魔の存在は容認されている。小動物の姿をした精霊であったり魔族であったり、使い魔たちは人を傷つけないという誓約のもとに召喚された大人しいものを使役することが絶対条件であるが。忙しい先生方にとって、使い魔は自分の手足の一部である。そうして、生徒の中にも使い魔の使役を許された存在がいる。
まずは生徒会長、副会長。
それから、学年リーダー。一、二、三年生に一人ずつだ。
ただし、一年生のリーダーはまだ決められていない。入学して一ヶ月経った今になってようやく、前回のテストの成績、授業態度、リーダーシップ、それらから先生方が相応しいと決めた生徒が選ばれるのである。
それは、間違ってもエーベルではない。
テストの成績だけならば文句のつけようもない。けれど、彼を先頭に立たせると、一年生がおかしな方向に傾きそうである。彼を避けた人選は正しいと言えよう。ちなみに最初、学園長からアーディに打診があった。やってみますか? と問われたので、目立ちたくないから嫌だと正直に答えた。でしょうね、とあっさり言われた。
そうして選ばれたのは、フィデリオ=ベルンシュタイン。
アーディたちの隣のクラスの男子生徒である。
エーベルに次ぐ好成績と周りから慕われる面倒見のよさを兼ね備えている。冷静に見て適任と言えた。
しかし、面白くないのはエーベルの崇拝者である。学年トップの成績を誇るエーベルよりもフィデリオが自分たちのリーダーだと言われても不満なようだ。
決定事項として突きつけられた後の教室で、アーディのクラスも騒がしかった。
「なんだそれ! どうしてベルンシュタインなんてヤツが?」
「エーベルハルト様を差し置いてリーダーなんて笑わせるな」
「おい、バーゼルト! お前、抗議に行って来いよ!」
「……」
そんな声にアーディは顔をしかめただけである。ちなみに彼ら、エーベルと親しげなアーディに嫉妬して返り討ちにあった五人組である。その時のことは綺麗に記憶の彼方であるらしく、アーディも蒸し返さず接している。
彼らがこう騒いでも、当のエーベルは興味なさげであった。
「学年リーダー? なんだ、そんな雑用係にボクを任命したいのか?」
ハハハン、と鼻で笑う。そう、まとめ役といえば忙しい役どころである。自由奔放なエーベルにはまったくもって向いていない。
でもでも、と取り巻き志願者その一『でっかいの』は言う。
「学年リーダーになれば使い魔の使役を許されるんですよ? エーベルハルト様にこそ相応しいと思うのです!」
さっきまでまったく乗り気ではなかったエーベルが、そのひと言で急に目を瞬かせた。
「使い魔?」
どうやら、詳しいことは何も知らなかったらしい。
そんなエーベルに取り巻き志願者その二『ちっさいの』もまくし立てる。
「そうですよ、お美しいエーベルハルト様が美麗な使い魔を使役する姿を俺たちにも拝ませて頂きたいのです!」
熱っぽく語るけれど、すでにエーベルは聞いていない。使い魔、使い、魔魔魔、と思案しながら壊れたカラクリ人形みたいにつぶやいている。
「学年リーダーなんて地位に興味はないが、使い魔を使役できるという点は色々と差し引いても魅力的だな。さってと、どうしようかなぁ?」
どうもこうもない。すでに決まったことだ。
けれど、エーベルの頭の中にそんな常識的な考え方は存在しなかった。
「よしよし、とりあえずはそのフィデリオとやらに会いに行こう」
一人でつぶやいて納得している。好きにしろ、とアーディは思った。
けれど、エーベルはアーディを巻き込むのである。
「さ、行くぞーっ」
と、細身にしては案外強い力でアーディを引っ張った。しかも後ろ向きでズルズルと引っ張られた。
「勝手に行けよ!」
そんな声は虚しく響く。
ただ、戦車のように突き進むエーベルは、途中で小柄なヴィルを撥ねたらしい。ひゃ、と小さな悲鳴が上がってヴィルがよろめいて尻餅をついていた。アーディはイラッとして思いきりエーベルの腕を振り払うと、王子様らしくヴィルに手を差し伸べる――のではなく、無言で華奢な腕をつかんで引っ張り上げた。
「あ、ありがと」
「ん」
短い会話である。けれど、ヴィルは嬉しそうに笑った。
そうしてアーディはエーベルの脳天に手刀を落とす。ぎゃっとエーベルが喚いた。でもどこか嬉しそうだから気持ちが悪い。
「て、天才美少年のボクにこんな仕打ちするの、アーディくらいだ! 友達って容赦ないんだなぁ」
「アホか」
レノーレだってやると思う。アーディは呆れたけれど、エーベルは上機嫌でアーディをそのまま引っ張って隣のクラスへと向かった。