〈6〉再召喚
なんとも言えない一日が終わろうとしていて、放課後になった途端にエーベルは席から立ち上がった。
「サテ。ピペルを呼んでこようかナ」
「お前、ピペルがどこへ行ったのか知ってたのか?」
だからそんなに落ち着いていたのか。
アーディの問いかけに、エーベルは首を傾げた。
「知らないケド。ピペルは召喚すれば出てくるのにゃ」
つまりが強制送還ということだ。
休みもなく、家出もできないピペルはやはり可哀想なのかもしれない。
「あんまり怒るなよ」
ピペルにだって言い分はあるのだ。
エーベルは金髪をサラリと揺らして、他の生徒が見たら卒倒するような微笑を浮べた。
「何を怒るんダ?」
怒ってはいないらしい。遅刻したのはピペルのせいではなく、自分が寝こけていたせいだという自覚があるのだとしたらびっくりだ。
もしかして、日頃の横柄さを謝るつもりだったらさらにびっくりだが。
校舎から出ると、気になったのかヴィルもついてきた。中庭の開けたところを選ぶと、エーベルは魔力が目視できる赤く光る指先で魔法陣を描き始める。
中庭で遊んでいた、光の球にしか見えない小さな妖精たちはサッと逃げるように飛んでいった。
ラド・エオロー・エオー、次々文字が刻まれていく。
あれから一年か。懐かしいなと思いながらアーディはエーベルの召喚術を眺めていた。
エーベルの部屋で平和に昼寝していたところを急に呼び出され、パニックになったピペルが学園の中で逃走したのだった。
今もまた、どこかで寝ているのだろうか。それとも、帰りたいと言っていたから魔界にでもいるのか。召喚術は人間の世界でなくとも、どこにいても呼び出されてしまうものなのか、そのところはアーディにはまだよくわからない。
「てや!」
適当な掛け声と共に召喚術が発動する。
エーベルはこれを三歳の時に完成させたという。
だが、しかし――。
何も起こらなかった。シーンと場が静まり返る。
「不発……?」
そんなことがあるのかと、アーディは訝った。
エーベルは適当だしはた迷惑だし鬱陶しいけれど、残念ながら天才だ。テストで失敗したことなど一度もなく危なげない全教科満点を更新し続けている。
そんなエーベルでも失敗することはあるのか。一応人間なのでそんなこともあるらしい。
ただし、とても珍しい気がした。
エーベル自身もかなり驚いて見えた。
「え……ぇ??」
召喚術は高度な技だから、本来であれば学生が行うものではない。三歳で試す方がおかしいし、成功するなんて異常だ。わかってはいるけれど、エーベルは規格外だと思っていた。
いつものヘラヘラした表情を改め、かなり真剣な目をして魔法陣を確認する。
アーディが見てもすべてを理解できるわけではないのだが、ヴィルと一緒になって見て回った。
けれど特に破綻はなかったようだ。エーベルは首を傾げている。
「なんでだろ?」
「呼び出しても来ないなら、家出して魔界に帰ったんじゃないのか?」
魔界に帰りたいと零していた。遠すぎて呼び出せないのかもしれない。
そう思ったけれど、エーベルは大きく首を振った。
「魔界からでも呼ぶよ。おっかしいなぁ」
魔界まで逃げても呼び出されるらしい。それならピペルに安息の地はないということである。
しかし、今、ピペルはエーベルの呼び出しを躱した。何か考え抜いた挙句、対処法を編み出したらしい。
これは本気の家出だ。
「なあ、エーベル、お前が『ごめんなさい、もう部屋を汚しません。服も畳みます。朝もちゃんと起きられるように努力します』って言ったら解決するんじゃないか?」
「えっ? イミワカンナイ」
意味わかんないらしい。
だから愛想を尽かされたのだ。
しかし、エーベルはちょっと考え、それから手を打った。
「あ、そういうことかぁ」
勝手に納得した。そして、そのまま帰った。
何がそういうことなのかはアーディにもヴィルにもさっぱりわからなかったけれど。




