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ストーム ~学園の謎~  作者: 五十鈴 りく
✤12章✤

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〈4〉エーベルの部屋

「前にシュレーゲル君が体調不良の時はピペルが欠席届を出しに来てくれたんだよ。でも、今回はそれもないんだ」

「ピペル……?」


 昨晩の荒ぶる姿を思い出した。

 相当に怒り心頭だったが、その腹いせに朝になっても起こしてやらなかったなんてことがあるだろうか。


 ――あり得る気がする。

 そして、後でエーベルに折檻されるところまでがセットだ。あり得る。


 なんとなく馬鹿らしいけれど、いつものことだ。



 男子寮の部屋まで行くと、ディルク先生はエーベルの部屋の扉を、最大級の警戒心を持って叩いた。その中から猛獣が飛び出すとでもいうふうに。あながち間違ってもいないとは思う。


「シュレーゲル君、いるかい?」


 優しく呼びかけたが、そこに優しさは必要だろうか。

 アーディはドンドン、と荒っぽく扉を叩いた。


「おい、エーベル!」


 ――しかし、返事がない。いないのか。

 アーディはディルク先生と顔を見合わせた。


「寮長に鍵を借りてくるよ。何事もないといいけど……」


 事件か。

 思わずアーディは喉を鳴らして唾を飲んだ。


 といっても、エーベルのことなので彼が危険な目に遭っているとは思わないけれど。

 次の授業もあることだから、ディルク先生は急いでいた。走って鍵を取ってくると、開錠し、ガバッと扉を開いたのだが――。


「うわぁ……」


 ディルク先生が声を上げた。アーディは絶句した。

 しかし、そのディープ・インパクトから立ち直るとつぶやいた。


「きったな」


 あり得ないくらい部屋が汚かった。

 まず、本が何十冊も散乱している。開いてあったり伏せてあったり、積んであったり。


 そして靴下は脱ぎ捨てられ、くしゃくしゃに丸めた紙屑だらけ。シーツはベッドから剥されて床に落ちている。

 よく見ると、その丸まったシーツの隅から金髪の房が零れていた。


 アーディは足の踏み場もない中にどうにか踏み入ると、その金髪を引っ張った。手ごたえがある。

 シーツを捲ると、寝間着姿のエーベルが寝ていた。息はしている。ただし、丸くなっていて背中の辺りまで寝間着が捲れていた。


「……寝てる?」


 ディルク先生が恐る恐る訊ねる。


「寝てます。起こします」


 アーディは容赦なくエーベルの頭を拳で挟み、ぐりぐりと締め上げた。


「起きろ」


 この起こし方はエーベルにとってかなり新鮮だったらしく、案外すぐに目覚めた。

 ただなんとも言えず気だるげに目を開けるから、取り巻き連中がいたら大騒ぎしていたかもしれない。


「う……」


 失神から目覚めたとかではなく、ただの寝坊である。アーディはなんの容赦もなくエーベルを放った。


「一限目終わったぞ。二限目ももうじきだ。急がないと間に合わない」


 それを聞くと、エーベルは目を瞬かせた。


「嘘だぁ」

「ほんとだ」

「ピペルー!」


 目を擦りながら使い魔を呼ぶ。呼ぶのだが、出てこない。

 エーベルは難しい顔をして首をひねった。


 これはいよいよ職場放棄かもしれない。

 しかし、授業まで時間がない。まずは教室へエーベルを連れていかねば。


「ごめん、次の授業の準備があるから、僕はもう行くけど。シュレーゲル君、早く支度をして。教室で待ってるから」


 ディルク先生はいつになく早口で言って去った。

 エーベルはまだぼうっとしていた。だからアーディはそのデコを(はた)いた。


「急げ!」

「着替え、どこダ?」

「はぁっ?」


 しかし、エーベルは真剣に心当たりがないようだった。マジか。

 アーディは発掘をする心境でエーベルの制服を探す。本を閉じて畳んでいくと、下から出てきた。エーベルが本を積んで隠してしまったのだろう。この学園の制服はかなりいい素材でできているので、皺になりにくくてよかった。


「お前、ピペルが来る前は自分でちゃんとやってたよなっ?」

「そーダッケ?」


 目を擦りながら言われた。

 一年も前の話である。が、覚えているかどうかではなく、この年になったら自分のことは自分でしろ。

 ピペルがいる方がエーベルは天才かつダメ人間まっしぐらなのかもしれない。


「とにかく、着替えろ! 僕まで次の授業に遅刻する!」

「んー」


 仕方ないなとばかりにエーベルはうなずいた。

 その態度は頂けない。エーベルが着替えて教室へ向かうのは、何ひとつアーディのためではないのだから。

 しかし、細かいことは言っていられない。


 エーベルは豪快に着ていた寝間着を脱ぎ、下着一枚になって制服を着始めた。扉は全開だが、気にならないらしい。取り巻き連中でもやってきた日には卒倒するけれど、アーディは真顔で待っているだけだった。


「ヨシ! できた!」


 リボンタイは結んでいないし、いつもなら束ねている金髪も下ろしている。


「髪はそのままか?」

「めんどい!」


 ニカッと笑って言われた。ピペルが甘やかすから。


「まあいい。行くぞ!」

「ふいー」


 殴りたいけれど、時間がない。

 アーディは教室へと急いだ。


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