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〈10〉メーロ

 アーディは、手紙を咥えたまま飛んでいったフィデリオの使い魔を必死になって追いかけた。

 あの鳥は、自分が飛べるからといって容赦なく空を行く。


 時折木に停まって翼を休めていたから、その隙を突いて襲いかかるのだが、やはり飛べるというのは最高に有利だ。

 アーディが近づくと、サッと飛び去ってしまう。その繰り返しだった。

 あの鳥、いつか焼き鳥にしてやりたい。


 アーディがそんな物騒な目つきをするからか、鳥は余計に捕まらなかった。

 木に登り、隣へと飛び移り――。


 今日のアーディの運動量は計り知れない。

 いい加減に疲れてきて、アーディは鳥が飛び上がった時に一度木の上から降りた。


 すると、そこにフィデリオがいたのだ。

 フィデリオ(あるじ)がいたから、あの鳥はこの辺りをウロウロしていたのかもしれない。

 それはいいのだが――。


「ア、ア、アーディ? だ、大丈夫?」


 何故かヴィルもそこにいた。

 フィデリオの隣に。


「ヴィル……?」


 何か用があったのだろう。

 見るからに疲労困憊なアーディに驚いたヴィルが駆け寄ってくる。

 この時、フィデリオはいつもの爽やかさをかなぐり捨てたような顔をしていた。何やら怒っているような。


 使い魔の鳥をアーディが追いかけ回したことで気を悪くしたのだろうか。

 しかし、これには理由(わけ)がある。悪戯ではない。そこはわかってほしい。


「バーゼルト君、絶妙のタイミングだね。ずっとそこにいたのかい?」


 なんのタイミングだろうか。

 ちょっと意味がわからなかった。

 しかし、アーディはそこでハッと気づいた。


「使い魔の鳥! 今すぐここに呼んでくれ!」

「えっ?」

「主人なんだから、呼べるだろ!」


 そうだ、最初からフィデリオを捕まえればよかったのだ。焦るあまり、そこまで頭が回らなかった。

 フィデリオはアーディの勢いというか気迫にちょっと顔を引きつらせたが、ヴィルが見ているせいかため息をついただけで取り繕った。


「メーロ、おいで!」


 あの鳥はメーロという名らしい。

 フィデリオに呼ばれ、ふんわりと舞い降りる。あの長い尻尾をちょうちょ結びにしてやりたいくらい腹は立っていたが、手紙さえ返ってくればもういい。


「呼んだけど?」


 メーロを肘に停まらせ、フィデリオは小首を傾げる。メーロは、ちょっと怯えていた。

 ただし、肝心の手紙を咥えていなかったのだ。これには愕然としてしまった。


「手紙はっ!」


 アーディが声を張り上げたら、メーロはびくぅっと縮こまった。


「手紙?」


 そんな使い魔の気を落ち着けようと、フィデリオが羽を撫でる。

 この鳥はピペルのようにベラベラ喋らないらしい。


「風で飛ばされた僕の手紙を、この鳥が拾ったんだ」


 すると、フィデリオは片方の眉を跳ね上げ、それからメーロのくちばしに耳を傾けた。

 そして、うんうんとうなずいている。この鳥、喋れないと思ったが、主人であるフィデリオとだけは意思の疎通ができるのかもしれない。


「その手紙だけれど、ついさっきメーロが飛んでいるとシュレーゲル君が来て、その手紙を奪い取ったって」

「はぁっ?」


 顎が外れそうだった。最悪だ。

 一番目に触れさせたくないヤツの手に渡ったなんて、悪夢だ。

 しかし、空を飛んでいるような人間は他にいないから、何かの間違いではない。


 脱力して立ち上がれなかった。

 膝を突いたアーディをヴィルが心配そうに見ている。


「大事な手紙なんだね? もしかして、お兄様からの?」

「そ――」


 そうだと言いかけて黙った。

 この場合の兄はニセモノ、カイ=バーゼルトのことだ。

 カイは手紙魔なので無駄に手紙が多い。カイからの手紙なら惜しくもなんともない。山羊の餌にしてもいい。


 この時、フゥフゥ、ゼェゼェ、息を切らせてエーベルの取り巻けていない取り巻きがやってきた。


「あっ! こんなところにいた!」

「まったく、なんてヤツだよ。木から木とか猿みたいに移動するなよ! 人間なら地面歩けよ!」


 こいつらに構っている暇はない。急いでエーベルを見つけないと。

 アーディが目で彼らを雑魚扱いしたのが伝わったのかもしれない。プンプンに怒った。


「なんだよ、その目つきは! ちょーっと自分が一年生の可愛い子からラブレターもらったからって、人を見下しやがって!」


 ――それは誤解だ。

 いろんな意味で。

 ヴィルとフィデリオが目を丸くした。アーディは非常に居心地が悪い。


「もしかして、探してる手紙って、それ?」


 フィデリオが妙に嬉しそうに笑いかけてくる。面白がっているのだろうか。

 ヴィルはというと、びっくりしすぎたのか、ただ目を瞬いている。アーディがラブレターをもらったら、天と地がひっくり返った程度には驚くべきことらしい。


 アーディはムッとしつつ、無言でその場から駆け出した。

 とにかく、エーベルを捕まえないと。



     ☆



 フィロメーラはアーディたちから逃げ帰るように女子寮へ急ぎながらも、震えが止まらなかった。

 まさか人が空から降ってくるなんて。


 それもただの人ではない。天使かと見紛うような容姿だった。

 制服から、学園の男子生徒だと知れた。それもアーディと親しげだったから、多分二年生だ。


 雷に打たれたような、という表現がよく使われるが、それはあながち間違いでもないのだとこの時に思った。

 アーディよりも彼のことが気になって仕方がない。


 あの気品、あの美貌。あれで馬鹿なはずがない。

 彼はきっと、アーディよりも優秀なただ一人の生徒なのではないだろうか。


 だとするなら、彼こそがフィロメーラに相応しいのではないのか。

 あれで家柄さえよければ問題ない。いや、きっと名家の出のはずだ。きっとそうだ。


「し、調べなくちゃ」


 彼のことを調べなくては。

 そして、アーディの方はきっぱりお断りしなければ。


 ――そんなことを考えていたフィロメーラの背に声がかかった。


「待ってくれ、そこの君!」


 ハッと立ち止まる。彼もまた、フィロメーラに一目ぼれして追ってきたのかもしれない。


 顔を輝かせて振り返ると、微妙な男子生徒が二人、見苦しく息を弾ませながら追ってくる。

 フィロメーラが顔をしかめたのも無理からぬことだ。


 小さい。それと、出っ歯だ。

 二人はフィロメーラに声をかけようとしたが、フィロメーラはそれをピシャリと撥ねつけた。


「気安く声をかけないでくださいます?」


 いつもの調子で非情に高飛車に言い放ったら、二人は凍りついた。

 フィロメーラは苛立ちを隠さずにフンッ、とそっぽを向いて歩き出した。


「こ、こわい……」


 そんな失礼な声が聞こえたけれど、興味のない男にどう思われようとも関係なかった。

 ――あの人は、なんという名前だろうか。


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