〈9〉邪魔?
二年生になってもクラス長を続けることになっているヴィルは、同じく隣のクラスのクラス長フィデリオに呼ばれた。
放課後、今後のことについて話そうと。
フィデリオはクラス長に加え学年リーダーも兼ねているから、連携が取れた方がいいというわけだ。
――というほどしばらくは行事もないが、フィデリオには何か考えがあるのだろう。
二年生になって何か変わったかと問われると、これといって変化は感じられない。ただし、後輩ができた。自分たちは先輩として後輩に恥ずかしくないように過ごさなくてはならないのだ。一年生の時のように気楽ではいけないだろう。
なんてことを考えるヴィルだからいけないらしい。そこをフィデリオに指摘された。
「もちろん、一年生のお手本にはならなくちゃいけない。でも、君はそうやって難しく考えすぎてしまうから、もっと肩の力を抜いていいんだよって、それを言いたかったんだ」
中庭を歩きながら、フィデリオが笑いを交えて言った。
「そうかな? 私、そんなに余裕ない?」
そんなことはないと言いたいが、多分指摘された通りなのだろう。
ヴィルの要領が悪いのは間違いない。
「余裕がないとか、そういうことじゃなくって。君はそのままで十分後輩のお手本になるってことを言いたいだけだよ」
そうだろうか。
未だに魔術学は苦手だ。
苦手もあれば、失敗もする。
フィデリオは、エーベルとアーディに次ぐ成績を維持している。
成績では三番手でも、あの二人にはないコミュニケーション能力がある。バランスの取れた人材だと言えよう。
「君は自分に厳しすぎるね。それがいいところでもあるとしても」
「厳しいつもりはないんだけど……」
思えば、ヴィルの兄は幼い頃からとても優秀で、姉はとにかく美人だった。
そんな二人を見て育つと、ヴィルにはこれといって取柄がないように思われた。
そして、学院に来てみれば、エーベルやアーディ、レノーレといった人たちと親しくなった。
彼らと比べても、やはりヴィルには特出したものはないような気になる。
凡才は罪ではないのだけれど。
「私たちはまだ二年生だから、進路で頭を悩ませるのは先のことだ。今は精一杯学院生活を楽しんでもいいんじゃないかな?」
フィデリオの言うことはいちいちもっともらしかった。
だから、ヴィルは苦笑した。
「そうだね。ありがとう、フィデリオ君」
「……それ、さ、ずっと気になっていたんだ」
「え?」
「バーゼルト君のことは『アーディ』って呼んでるよね? だったら私のことも呼び捨てにしてくれていいんだ。むしろ、そうしてほしい」
アーディのことだけは最初のうちにそう呼ぶようになった。
そう言われてみると、それは特別なことだったのだろうか。
「アーディもそう言ってくれたんだった。うん、急には変わらないかもしれないけど、慣れたらそう呼ばせてもらうかも。ありがとう」
なんとなく照れながら答えると、フィデリオは笑っていなかった。
一歩進み、ヴィルとの間隔が狭まる。
「二年生になったんだ。いい区切りだから言わせてもらおうかな」
なんだろうかとヴィルは首を傾げた。
ただ、二人があまりにも近すぎて落ち着かない。知り合った頃に比べるとヴィルの背は少し伸びたけれど、フィデリオも伸びたから、二人の身長差はむしろ広がったのかもしれない。
「知り合ってから君のことを見てきたけれど、私は努力家で優しい君のことが――」
この時――ガサガサガサガサ、バリバリバリバリ――という大きな音を近くの木が発したのだった。
何事かと二人してぎょっとしていると、緑の葉を巻き散らかして木の上からアーディが降ってきた。
予想もしていなかったところから出てきたので、ヴィルは心臓が破裂しそうだった。
「ア、ア、アーディ? だ、大丈夫?」
着地こそちゃんとしたものの、木の枝で擦り剥いたのか傷だらけである。
肩で息をしていて、いつも涼しい顔をしているアーディにしては必死な感じがした。
「ヴィル……?」
ここにヴィルがいることに驚いているふうだったが、ふとアーディとフィデリオの視線がぶつかった瞬間に、常春のはずの学園に寒い風が吹いた気がした。