〈6〉手紙を追え
アーディが必死で手紙を探している間、エーベルは退屈そうにピペルをいじり出した。横で高速回転しているピペルの悲鳴が聞こえたけれど、まあいい。
ガサガサガサガサ。
茂みを割ってアーディは手紙を探すが見つからない。
この時、アーディは下ばかり探していた。だから、男子生徒の靴が目に入り、うん? と顔を上げた。そうして、一瞬呆けてしまった。
エーベルの信奉者でもあるクラスメイトのでっかいの(本名ではない)の足だ。
呆然としたのは彼がそこにいたからではない。そのでっかいのの上に出っ歯、そのさらに上にちっちゃいの。三段タワーができていたからである。
なんだこいつら――。
「もーちょっと右! 右だって!」
「うぅぅ……」
「違う! 前寄りの右!」
何を騒いでいるのかと思い、アーディは少し離れて見てみた。
タワー最上のちっちゃいのが短い腕を伸ばしてつかもうとしているのは、アーディの探している兄からの手紙だった。
こいつらが親切に、『はいどうぞ』とアーディに差し出してくれるはずがない。
絶対開封して読まれる。
アーディはこの時、一切の容赦を捨てた。
素早く踏み込み、一番下のでっかいのの足を払った。
ぎゃあああああっ! という悲鳴が辺りにこだましたが、ピペルを振り回して遊んでいるエーベルはまったくもって気にしなかった。
一番上のちっさいのは土台が崩れた時、とっさに木に飛び移って枝にぶら下がっている。
アーディはすぅっと息を吸った。
「――ハガル・ペオース・ラーグ・シゲル!」
こういうことをするのはいつもエーベルだが、今回ばかりはアーディも手段を選んでいられない。
魔術で起こしたつむじ風が木の葉ごと手紙を巻き込み、アーディの手元まで運んでくれる――と思いきや、邪魔が入ったのだ。
完全に不意打ちである。
まさかの、飛んでいる鳥に横取りされた。
あの尾羽の長い緑色がかった鳥は、フィデリオの使い魔ではなかったか。
辺りにフィデリオはいない。
あの鳥が単独でフラフラ飛んでいたところ、手紙が目に入ったのでキャッチしたようだ。
フィデリオは隣のクラスのクラス長だが、アーディともエーベルとも微妙に反りが合わない。アーディは敵視したつもりはないのだが、フィデリオがアーディに成績で負けているせいなのか突っかかってくる。
悪用はしないかもしれないが、フィデリオにもあの手紙を見せるわけにはいかなかった。
アーディはとっさに引き返し、エーベルが振り回して遊んでいるピペルを奪い取った。
「うにゃん、うにゃん。た、助かったですにゃん、アーディしゃん――」
目を回しているピペルを、アーディは団子のように丸くして、空を飛ぶ鳥に向かって放った。
ピペルの叫びはこの際、聞かなかったことにする。
エーベルはというと、空を見上げて笑った。
「うわぁ、ボクも今度やってみよっと」
エーベルの発言も聞かなかったことにする。
回転をつけて飛ばしたピペルは、フィデリオの使い魔鳥に直撃した――かに見えたが、すんでのところであの鳥は躱したのだ。長い尾羽をくねらせ鳥はピペルを投げたアーディの方に首を向けた。
そして、フンッと鼻で笑った気がした。
叩き落としてやりたいが、やりすぎるとフィデリオとの関係が余計にややこしいことになりそうだ。
「どしたの、アーディ?」
アーディの様子がいつになくおかしいとエーベルでさえ思ったらしい。そんなことを言われた。
一瞬だけ、エーベルにあの手紙を取り返してくれと頼もうかと思った。こいつは魔術陣に乗って空を飛べるのだから。
――なんて、やっぱりやめた。
あの手紙を読ませたくない一番の相手はこのエーベルだ。
何せ、エーベルはアーディの血筋である現王家を、先祖から王位を掻っ攫った悪党のように捉えている。エーベルが尊敬してやまない先祖の大魔術師フェルディナント=ツヴィーベルの方が世間的には悪なのだが。
「……なんでもない」
アーディが目を逸らし、素っ気なく言うと、エーベルはふぅん、と不吉につぶやいて虹色に輝く魔術陣の上に乗った。
「じゃ!」
そのまま、ピュンと明後日の方に飛んでいってしまった。
珍しくあっさりしている。
と、エーベルを気にしている場合ではない。
あの手紙を追わなくては。アーディは空を見上げて駆け出した。