〈5〉愛の告白
あの手紙には何が書かれていたのだろう。
もし、兄がアーディの本名や身分のわかる書き方をしていたら、誰かに拾われるとマズいかもしれない。
アーディが青ざめても、エーベルにその理由がわかるわけがない。
「アーディ、ナンデこんなトコにいるのにゃ?」
鬱陶しいエーベルを押しのけてやった。
皆が焦がれてやまない美貌を手の平で押し潰したが、ちっとも罪悪感はなかった。
「僕がどこにいたとしても、金輪際上から降ってくるな!」
「うにゃあ、ご機嫌ナナメ」
「当たり前だろうが!」
そんなやり取りを、フィロメーラは立ち上がりもせずに眺めている。上から人が降ってきたので、腰を抜かしたのかもしれない。
しかし、ここで彼女に親しげに接するわけにはいかない。
『アーディ=バーゼルト』はカイの弟。
フィロメーラの従兄アーデルベルトではない。
「ええと、そこの子。大丈夫か?」
兄が見ていたら猿芝居だと爆笑したかもしれない。
アーディは見事に棒読みだった。
それでもフィロメーラは突っ込まなかった。
アーディが差し出した手を取り、立ち上がると無言でペコリと頭を下げて去る。その時、一度だけ振り向いたが、その目が捕らえていたのはアーディではなかったかもしれない。
「アーディ、あの子ダレ?」
エーベルが首を傾げている。
これに答えてはいけない。
「……知らない」
「ふぅん」
この時、ゆっくりと蝙蝠のような翼で羽ばたきながら降りてきたピペルは、非常に余計なことを言った。
「人気のない校舎の裏ですにゃん。これはもう、アレしかないですにゃん」
「あれって?」
「愛の告白ですにゃん!」
得意げに言ったピペルに、アーディは思いきり顔をしかめた。
「なんだって?」
「照れなくてもよいですにゃん。アーディしゃんは地味顔のわりには女子に人気ですにゃん」
イラッとした。
ただ、ピペルはアーディがイラッとするのも承知の上で、絶妙に手の届かないところを飛んでいる。
「入学してきたばっかりのヤツに告白なんてされるわけないだろうが」
地響きのような声で言い、ピペルを睨むと、ピペルはエーベルの後ろに隠れた。
「エ、エーベル様ならもう下級生からファンレターたくさんもらってますにゃん!」
「一緒にするな」
「そんなのもらったっケ?」
当のエーベルは一切読んでいないらしい。ひどい話だが、全部に目を通すほどの根気はエーベルにはない。
――と、こいつらに構っている場合ではなかった。
兄からの手紙を探さなくては。
アーディがきょろきょろと首を振っていると、エーベルもピペルも同じように首を振った。
「……新手の遊びとかじゃないからな。僕は落とし物を探しているだけだ」
「何を落としたのですにゃん?」
ここで素直に言って手伝ってもらうべきか、黙っているべきか迷った。
手紙がもし誰かに読まれた場合、苦し紛れとはいえしらばっくれなくてはならないから、そのためには黙っていた方がいいという結論に達する。
「いいから、ほっといてくれ」
エーベルとピペルを振りきり、アーディは手紙を探し始めた。
ただ、この時、非常に面倒くさいヤツらもまたこの成り行きを見守っていたのである。
「――なあ、なんでバーゼルトは可愛い子に恵まれるんだろうな?」
「あんな地味顔なのに」
「それより、エーベルハルト様に抱きつかれていたな」
「なんで平然としていられるんだ? 僕だったら気を失うな」
「ああ、想像しただけで鼻血出そう」
アーディのクラスメイトである彼ら。
通称――ちっさいの、でっかいの、太いの、メガネ、出っ歯。
天才美少年エーベルを信奉する五人衆である。
彼らはアーディが一年生と校舎裏へやってきた時にこっそり後をつけていた。
ただし、アーディは警戒心が強いので、あまり近づくと察知される。
よって、距離を保って木陰から見守ることしかできなかった。二人が話している内容までは聞こえない。
一年生は手紙をアーディに差し出していた。
紛うことなき伝説のラブレターである。
この五人、自身が受け取ったことはただの一度もない。
「うがー! バーゼルトのヤツ!」
「進級試験の時にちょっとだけ見直したけど、やっぱりムカツク!」
それを僻みと言う――なんてことを教えてくれる人は誰もいなかった。
なんせ、類友五人衆である。その結束は固かった。
「おい、アイツ、なんか探してるぞ?」
「まさか、手紙を落としたなんてことがあるのかな?」
「あっ! あそこ!」
木の枝の先に封筒が挟まっている。あれはさっき一年生の女の子が持っていたものではないのか。
――こちらは五人いる。
肩車を三段作れたら届く。
彼らの奮闘が始まった。